恋愛狂騒

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(ただ会いたいだけ…太子のそばにいたいだけ。それだけなのに…)


踵を返し、そんな想いを心の中で繰り返しながら呆然と廊下を歩く。

傍目には考え事でもしているように見えただろう僕の視界の端に二つの人影が映り込んで、僕はハッとした。


それは幸か不幸か?

そんなものは分からない。

ただ僕にとっては、とてつもなく重要な一場面で、それこそが、決定打で。


馬子様と、知らない役人。


「それでは悪いが、頼まれてくれるかね



――太子を」



………太子。


一仕事終えた太子が遊びに行きたいと五月蝿いから どうにかしてほしい、とのことらしかった。

頷いて奥に消えていく見知らぬ役人。

その後ろ姿を見遣って満足したように息を吐き、踵を返す馬子様。



――なんでだよ?



ドクンと心臓が強く跳ねて、僕は頭が冷えるような熱くなるような、妙な感覚に支配された。

知らないうちに馬子様の背後に肉薄し、その名を呼んでいた。


「馬子様」

「何だね……、!?」


振り向きざまに馬子様の肩に手を置くと、誇り高き上司の両肩は哀れなほどに跳ね上がった。

――どうしてだろう?

哀れで、愉快だ。

思わず唇の端を吊り上げて笑う。

憮然とした表情になって取り繕った馬子様を斜めに見上げる。

僕は小首を傾げて何でもないふうに装いながら訊ねる。


「馬子、さま?」


その声は自分でもゾッとするほど、鋭かった。


「どうかしたのか…妹子殿?」

「どうして?…どうして僕ではなく、あの男に太子を任せたんですか?」


知らず知らず、肩を掴む手に力が篭もった。

嗚呼、僕は微笑んでいる。

いつか太子が言ってた『毒妹子』、それぐらい…いや、それ以上に酷い笑みを、浮かべて。



「僕じゃ…駄目なんですか……?」



震えている。

僕の身体が、怒りに、快楽に。

今まで溜まりに溜まってきたこの欲求。

よく耐えたじゃないか。

もう……もう、抑えられないよ。


太子が欲しい。

太子の笑顔が、声が、温もりが、…全てが!

嗚呼、貴方のことを考えるとこんなに幸せで、心が震える…。


「……察知したからだ」


目の前の男は冷静に、けれど怒りか何か、よく分からない情感に震える声で言った。


「君を太子のそばに置くのは危険だと察知したからだ……っ」

「………何ですか、それ?」


危険?

どうして?


「見たのだよ。君が女官を責めていたところをな」

「?………ああ、あれですか」


少し考えるとようやく思い当たった。

でも何とも思わなかった。

今思えば、あの時の瞬間こそが素直に自分の感情を露わに出来た素晴らしい時だったのだ。

あの僕は、正しかった。

太子だって言ってたんだ、素直な妹子は可愛いって。

今ようやく、自分の感情をさらけ出すことの素晴らしさを知りましたよ、太子。


「貴方が僕を呼びに来て僕が太子に会いに行く。…今まで僕は、許しが無ければ太子に会えませんでしたね」


僕は静かに語りかける。


「でもそれって、おかしくありません?恋人同士は好きな時に会っちゃいけないんですか?」

「妹子殿……っ」


…こんな男とは話しているだけ無駄だ。

肩を放り出すように離し、踵を返す。


今は何だかとっても気分が良くて、折角のこの高揚感を潰されるのは嫌だったから。

それは、理性から逃げるための臆病な心だったのかも知れない。


誰に咎められようが関係ないんだ。

僕は太子が好き。

それを、絶対誰にも邪魔させない。





*了*






アトガキ

ついに!

ついに!

ついに妹子が黒化し始めました!!
わあああぁいよくここまで頑張った俺!

ヤン芋は何だかすごく書きやすいです。
直感でスイスイ行ってます(笑)。

これからもっとすごいヤンデレ妹子を書くぞ〜、うっひぃヌルヌルしてきた!!笑

それにしても太子が空気ですね…申し訳ないです;


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