恋愛狂騒

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熱に浮かされたようにフラフラと覚束ない足取りで廊下を歩きながらも、身体は凍えるように寒かった。

雨は降りそうにないものの、薄暗い曇り空を横目に、僕は庭に面した廊下を歩く。


何だろう、心が空っぽって言うか?

…なんか無性に笑えてきた。

狂いそうな自分に ぽつりと自嘲の笑みを零した。




7・限界




太子は仕事部屋にはいないと馬子様から聞かされた。

朝から朝廷の寝所に籠もりきりだって、食事も一昨日の昼頃からまともに摂ってないって。

隋の使者との面会から、その後の追っかけなどが原因だろう。

馬鹿だな太子。

ただでさえ細くて体力がないのに。

そんなんじゃいつか、死んじゃいますよ。


「………死ぬ」


途端に僕の歩調が速くなった。

早歩きから小走りへ、そして本格的な走行になって、僕は行き慣れない寝所への道を急いだ。

そして辿り着いた所で扉を眺めて、場所はここで間違ってなかったかなと不安になりながらも急いで それを開ける。


スパン、と扉を開けると、中には静寂が漂っていた。

曇り空の今日に、更にあまり陽の差さない遮光性のある窓に幕。

寝台にも天蓋やら幕やらがあって、(当然全て高そうなもので)、やけに布の多い部屋、というのが印象だった。


あまりにも静かだったけど、人の気配はあった。

それが太子だと思うと、僕は跳ね上がる心臓を抑えるのに必死だった。

そしてそうしているうちに、暗く低い声が耳に届いた。


「…出て行ってくれないか」

「っ!」


紛れもなく太子の声だ。

両肩が波打つように跳ね上がる。

奥の寝台の幕の向こうから聞こえる声に、僕は頭を振った。


「…馬子様の言い付けで来ました。『仕事をしてほしい』と」


しんと静かになった。

しばらく間が空き、妹子が首を傾げた瞬間に声が返ってきた。


「嫌だよ」


そしてすぐにまた言葉を次いだ。


「それより、なんでお前がここにいるんだよ」

「!!……馬子様の、言い付けだからです」

「なんで来るんだよ。二度と来ないっていつも言ってたじゃないか。なんで来るんだよ…!」


二度と来ません。


何度も何度も、太子に会う度そう言った。

確かに言いました。

でも太子、僕がそう言う度に笑って言ってくれたじゃないですか。


『妹子は来てくれるって信じてるから』


一緒にいてくれてありがとうって、言ってくれたじゃないですか。

それ、全部、


「嘘…だったんですか…?」


何もかも全部、


「嘘だったんですか…っ?」


嫌だ!!


「嫌です!嘘なんて嫌です…っ!太子が僕を沢山の書類の中から拾い上げて遣隋使に選んでくれた事から、僕と一緒にいてくれた日々の事、僕に言ってくれた事、僕にくれた笑顔全て、僕は嘘だなんて信じません…!!」


嗚呼、とっくに泣き枯らしたのに、僕はまた掠れた声を上げて。


「信じたくない…!太子に会いたくないなんて一度も思ったことなんかありません!僕……僕…、ずっと…!」


空を眺めたり息を吐いたりするごとに。


「毎日のように太子に会えるの、ずっと楽しみにしてたんです!今日はいつ馬子様が呼びに来てくれるのかなって、毎日、毎日、毎日毎日バカみたいにずっと待ってたんです…ッ!!」


だから馬子様が来なかった あの日、すごく怖かった。

もしかしたら、僕は もう要らないんじゃないかって。

太子に必要とされてないんじゃないかって、不安で。


お願いです。



涙が溢れ出して止まらない両目を両手で押さえて床にへたり込むと、何処にいるのかも分からない神様に途方もない祈りを捧げるように、声を絞り出した。



「すき……好き、です、太子…っ!僕のこと、きらいに、ならないで…ッ」



それからは、子供みたいな みっともない嗚咽しか出て来なかった。

喉が苦しいのに無理をして「太子、」と呼ぶ度に新しい涙が零れて胸が締め付けられた。





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