恋愛狂騒
□06
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「太子!」
勢いよく庭へ飛び出す。
一面の緑の上に佇んだ彼が振り向いて、僕を見ると微笑んだ。
「妹子…」
すると太子が両腕を広げたから。
僕は直感的に分かった。
僕は両腕を伸ばして、一心に太子を目指して、その胸に――
「話しかけるな」
視界に綺麗な白い着物の裾が映ったと思った瞬間、僕の手は空を切った。
「……え…?」
そこには僕しかいなかった。
6・失恋
甘くて悲しい夢を見た。
目を覚まして何度か瞬きすると涙が目尻を伝って、僕は眠りながら泣いていたんだということを知った。
「…あれ……?」
身体中の痛みに顔を顰しかめながら起きると、自分が昨日着ていた朝服のまま柔らかい布団の上にいることに気付く。
僕…なんでこんな所にいるんだっけ?
顔を上げてみると そこは僕の家ではなく……どうやら、体調を崩した者が案内される朝廷の救護所らしかった。
その休眠室で僕が目を覚ましたと言うことは…。
答えにたどり着く前に、引き戸がカラリと音を立てて開いた。
「妹子様、具合はいかがですか?」
救護所の女官が顔を出している。
「はっ…はい!平気です…」
慌てて手を突き起き上がる僕を見て、女官が小さく笑う。
「まだ少しお顔が赤いようですが?」
「え…っ?」
熱なんて無いはず、と思って すぐに分かった。
泣いていたせいだ。
僕は赤みを隠すように目元を擦った。
「妹子様、今日はお休み下さいませ。許可も出ております故」
「そんな…っ!………」
言いかけて、止めた。
「…すみません。お言葉に甘えて、休ませてもらってもいいですか…?」
「ええ勿論。…私は隣におりますので、何かありましたらお申し付けを」
そう言うと女官は引き戸を閉じ、それと同時に僕は頭を抱えた。
「ぼっ、僕は一体どうやってここまで…!?無意識に来たとか?…まさか庭で寝てるところを発見されたとかないよな!?」
もしそうなら恥ずかしすぎる!
はーーっ、と長い溜め息を吐く。
やがて、身体がブルブルと震えだす。
またあの声が脳を掠めたからだ。
「話しかけるなって……話しかけるなって…」
太子が僕を、拒絶した…。
「僕……太子に嫌われた…っ」
ぎゅうぅと布団を掴むと、指に巻かれた包帯に僅かに血が滲んだ。
昨日、草で切った指の傷がまた開いたらしい。
「っ…」
じわじわと血と涙が溢れてきて、僕は布団に顔を埋めた。
痛い。
痛いです、太子。
胸がギュッと締め付けられるんです。
「すごく……あいたい……っ!」
貴方と逢瀬する夢を見ました。
夢の中の貴方は、優しい声で僕の名前を呼んで微笑んでくれた。
両手を広げて僕を待っていてくれる貴方を見て分かったんです。
貴方の胸に飛び込みながら痛いほど感じたんです。
太子、僕は…
「太子が……好きです…っ」
……休眠室に静寂が漂う。
「…うっ……ひっく…」
太子に会いたい。
好きだと伝えたい。
夢の続きを見たいんです。
貴方に、抱きしめられたい――
僕は馬鹿だ。
僕は、彼に想いを伝えるどころか、自分でも恋心に気が付かないうちに失恋してしまっていた。
そして失恋した今でもまだ、男同士なのにとか、身分の違いとか、そんな事を思って自分を責めている。
苦しさしか残りません、こんな恋。
それなのに まだ、今でも記憶の中で優しかった頃の太子が僕の心を縛り付けて、離さないんです――。
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