恋愛狂騒

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結論から言って、その日、僕の所に馬子様が来ることはなかった。

馬子様が来ない日なんて滅多にない。

馬子様が不在なら他の官僚が呼びに来るから、僕は毎日のように呼び出されていたのに。


「もう……夜だ…」


みんなが仕事を終わらせ散ってゆき、陽は山の向こうに落ちていく。

僕は仕事も終わったのに慌ただしく走り出すと、太子の仕事部屋がある方へ向かった。


「おっと!ここは通せないぞ」

「えっ?」


上位の者しか立ち入ることしか許されない場所を、いつもは通れるのに止められてしまった。


「勤務時間外だと言うことは、君はここに用は無いはずだ」

「私用なんです、聖徳太子に…っ」


そう言うと、その上官は目を眇めて納得したように僕を眺めた。


「なるほどな、お前もか……」

「な…何です…?」

「今日の使者との面会の話を聞いて、皇子に媚びを売ろうっていうクチだろう」


は…媚び…?


「どういう意味ですか!媚びって…っ」

「しらばっくれるなよ。今まで無能だ無能だと思われてきた太子が実は相当切れ者だったってことで、みんなが太子に取り入ろうと後を付いて回ってるんだ。」

「つまり…円滑に行ったってことですか…?」

「そうだとも。今までの役立たずっぷりも、実はこうなる事を嫌がっての演技だったんじゃないかと私は思うね…」

「それで今、太子は追いかけ回されていると…」

「悪いが君のような下の者には許されない行為だ。君は太子に媚び諂って見事昇格した者を追いかけ回すぐらいが丁度いいだろう。今日はもう帰りなさい」

「………」


失礼な男だ。

こんな奴が自分の上にいると思うとムカムカする。


「…それでは、失礼します」


苛立ちを抑えつけるように、ゆっくりと頭を下げる。

僕を追いやるようにヒラヒラと手を振った男を見ないように踵を返そうとした その時だった。


ふわり、


という音が似合っていたかも知れない。


「!」

「皇子……皇子ではございませんか!」


立派な着物を翻して走ってきた太子が視界に飛び込んできた。

今まで仏頂面しか見せなかった上官が僕そっちのけで太子に歩み寄る。


「皇子、このような所でどうなさったんです?…さては他の者に追い回されていたのでしょう、お気の毒に……」


上官の猫撫で声など聞こえていないかのように、初めて見る正装姿の聖徳太子に いつになく洗練された鋭い眼差しで見つめられる。


「たっ…太子…」


動揺しながらも名前を呼んだが、僕が次の言葉選びに迷っているうちに、太子の目がスッと細くなった。


そして次の言葉を、僕はしばらく理解出来なかった。




「話しかけるな」




たっ、と太子が駆け去り、上官が「皇子!」と叫ぶ声で、僕は やっと我に返った。


『話しかけるな』


(話しかけるなって、言った……?)


何、あの目。

僕を余所者みたいに、卑しい者みたいに見てるような凍てついた目。

太子って あんな顔もするの?

太子が、僕に……。


「話し…かけるなって……」


声が震えているのが分かった。

僕は誰もいない そこで踵を返すと弾かれたように走り出した。


嫌なんだ。


(嫌だ……嫌だ、こんな屋内!)


いつ人が来るか分からないじゃないか!


走って走って、たまたま見えた外向きの廊下から庭に飛び出す。

そのまま庭塀沿いの深い茂みに飛び込んで、僕はうずくまると喉を引き吊らせた。


「ッ……!」


鼻がツンと痛い。

目の奥が熱くって、胸がこんなにも苦しい。

それは足掻くように草を掴んでも薄れなくて、雑草が僕の指を切るだけだった。


「ひッ……う…!」


目からボロボロと落ちる この雫は何だろう。


「く…うぅ…っ」


なんで僕、泣いてるんだろう。

すっかり暗くなった庭で、茂みの間から僅かに差す月光だけに照らされながら、僕は情けないほど泣いていた。

なんで僕、思い出してるんだろう。

太子と初めて会った日のこととか、隋での旅のこと、倭国に帰ってきてからのこと。


太子。

太子。

太子。


知らないうちに僕の毎日が、心が太子に捧げられていたなんて。

気付くのが今更すぎた。


「僕と太子の身分は、こんなにも違うのに……!!」


なんで悲しいんだろう。





あの時の太子の冷たい声が何度も何度も僕の心を抉って、僕はボロボロになるまで泣き続けた。



*了*





アトガキ


実は大したモノも描けないくせに、太子の礼服姿を絵に描く日を大事に取っています(笑)。

小説では念願のヤンデレ妹子小説ってことで、これほどの晴れ舞台はない!と思い、あっさり正装太子を登場させてしまいました(笑)。

でも後悔はしてないです。

嬉しい!

私ものすごく感動してる…!!笑

静かにカッコよく歩いてるところを書くのも良かったんですが、礼服邪魔だなとか思いながら ふわふわ走り回ってる太子を書きたかったんですよ!

キャーッ!!(*>∀<*)(うっぜえええwww)

芭蕉さんじゃありませんが、それこそ飛鳥のティンカーベルって感じで…なんかクローバーの妖精にしたくね!?(※こんなこと言ってますが、この小説の太子は攻です^^)

そのうち妹子×クローバーの妖精太子とか書いても鼻で笑って許して下さいor2

なんか絵に描きたくなってきたなぁ…こうなったらイラストでの太子礼服デビューもコレにしてしまおうかという勢いです(笑)。


【2008/07/31】

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