恋愛狂騒

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「……馬子さん、今 何て?」


冠を被りながら振り向いても、馬子さんは こちらに背を向けたままだった。


「悪いが太子、もう決まったことだ」

「……馬子さんさ、面白がってるの?」

「分かるだろう太子。皆、焦っているのだよ。私もそうだ」


どうしてだろう。

馬子さんが目の前ですごく酷いことを言ってるのに、全然怒鳴る気になれない。

代わりに私は静かに声を震わすのだ。


「……みんな大っ嫌いだ……」


馬子さんも静かな声で呟いた。


「奇遇だな、太子」


嗚呼、馬子さん。

そんな事…。



「私達もだよ」



知ってるよ。





5・落涙





「ふあ〜あ……眠いな……」

「小野?寝不足か?」


机について筆を握りながら欠伸をすると、隣の机で書簡を纏めていた同僚が僕の顔を覗き込んだ。


「いや、何て言うか……退屈でさ…」


そう言うと、同僚は固まってしまった。


「……何?」

「……いや、小野が仕事中に退屈って……」

「あっ!」


そう言えばそうだ。

僕は仕事中なのに欠伸で気が緩んだついでにとんでもない事を…!


「その、僕…!」

「いやいや、いいって。退屈なのは確かさ。そんな事みーんな分かってる。ただ、お前がそんな事を言うようになったのって…」


同僚はシュルシュルと器用に巻いた書簡をピッと僕に向けて狙うように片目を瞑り、


「皇子サマのせいじゃね?」

「…太子の?」


僕は目を瞬いた。


「皇子からどんな有り難〜い お言葉を賜ってんのかは知んないけど、最近の お前はすごく楽しそうよ?よっぽどお相手が楽しいんだろ」

「たっ…楽しくなんかない…!」

「…そうなの?」


同僚は分かってないみたいだけど、今 自分がとっさに吐いた嘘で僕自身には分かってしまった。


以前 親に「妹子は素直じゃないから」と笑いながら指摘されて ようやく自覚した癖だけど、僕は恥ずかしくなるとつい自分の気持ちと真逆の事を言う。


(そう言えば今日は まだ馬子様、来てないな……)


ぼんやりと外を眺めていると、何だか その外が騒がしいことに気が付いた。


(あれ?)


何やら女官がいつも以上にパタパタと駆け回っている。

女性として、男性の職場を走り回ることなんてもってのほかであるのに今日はお構いなしだ。

しかも誰も咎められないような、「余程の事があったのだろう」と察せざるを得ない慌てた表情をしている。


「……今日、何かあったっけ?」


外を見つめながら言うと、同僚もその視線を追って外を見て「お前知らないの?」と返した。


「皇子としょっちゅう会ってるだろうに、聞いてねえの?」

「え?」


太子関連のことと聞いて僕は振り向く。


「今日は隋の使者との面会の日だったろ」

「……ええぇぇ!そうだったのー!?」

「お、おう……」


僕の声に同僚が圧される。

太子以外の人に こんな大声を出す僕も珍しい。


(太子、あんな性格だろ?面会なんか出来んのかな……)


「馬子様が来るのも時間の問題……かな」


思わず くす、と笑った僕を、同僚は目を真ん丸にして見ていた。







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