恋愛狂騒
□04
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煙たい匂いが漂ってきた。
不思議に思って振り向くと、遠くで一筋の煙が上がっていた。
「……葬式?」
ぼんやりと呟いた妹子の思考を、馬子が名前を呼ぶことで遮った。
4・加速
「馬子様、こんにちは」
慌てて挨拶した僕に、馬子様が頷く。
「妹子殿、今は手が空いているかね?」
「今ですか?…そうですね、今は休憩時間なので…」
「そうか。…貴重な休憩時間を潰してしまうのは心苦しいのだが…」
「?」
馬子様は言いにくそうに告げた。
「その…また、太子の所へ行ってもらいたい」
「太子ですか?」
馬子様は頷く。
「この前、太子がイライラしていたもので、正直鬱陶しかったから君を呼んだのだが、私が次に行った時には嬉しそうにクローバーだの土産だのの話をしてきてな…。それはそれでまた鬱陶しかったんだが君には感謝しているんだ」
「はあ…。もしかして、またイライラしてるんですか?」
「いや…仕事をしないんだよ」
「………」
それはそれは全く。
「まあいつもの話なんだが、ほとほと困っているんだよ。妹子殿、頼んだぞ」
「はあ…分かりました」
それからと言うものの、馬子様は度々僕を呼びに来た。
「蛾を追いかけて仕事をしない」だの「ノリノリでブランコに揺られてる」だの、馬子様に呼び出されて太子に会いに行くのが僕の日課になっていた。
今日も、また。
「妹子殿、太子が床に挟まって抜けないんだが」
「また挟まったんですか…」
僕は筆を置くと立ち上がる。
「あーもう、仕方ないな…!行きます!行ってきます!」
上手く溜め息混じりに、ダルそうな感じが出せて良かった。
仕事部屋を出るまで口の端が吊り上がるのを我慢するのに必死だった。
朝服を翻して走り出す僕の足は、もう意識しなくても本能的に太子がいる建物へと向かう。
習慣と化しているのだ。
「うわ、ホントだ。また挟まってるよ この人…。一体どういう身体してんだ?」
床の板と板に出来た僅かな隙間に挟まっている太子を眺めつつ声を掛ける。
「太子、僕ですけどー!」
すると、返事をするように両足がバタバタ動く。
…滑稽だ。
「くすっ…仕方ないなぁ」
僕は思わず笑いながら おもむろに太子の両足を抱え込む。
ツキン。
ジャージの布越しに皮膚や骨の感触や温度を感じて、僕の心臓が鳴った。
身体が急に熱くなり、僕が太子を引っ張り上げることで更に熱くなる。
振り払うように声を上げた。
「そーーーれっ!!」
ズボッ、と気持ちいいくらい一気に抜けた その感触に、一種の達成感を感じながら額の汗を拭う。
「はぁ…はぁ…死ぬかと思った…っ」
項垂れて肩を上下させる太子の途切れ途切れの声。
たった一日ぶりに聞いた 声なのに、何だか胸がじんわりとした。
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