恋愛狂騒

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気の長い手続きも、今の妹子にとっては最後のお楽しみのための余興でしかなかった。


(今日はついにあの聖徳太子に謁見する日か…)


妹子は先程洗った顔の頬をパンと叩いて握り拳を作った。


「冷静に、だ…。何としても成功させないと」


遣隋使の件も、聖徳太子への謁見の件もだ。

妹子は昔から、聖徳太子に一種の憧れを抱いていた。

当然だ。

今や国の誰もが崇める摂政、聖徳太子。

妹子もその中の一人であるだけの話。

会うことが出来るとは中々に幸運である。


「それでは妹子殿、太子はこの奥におられます故」

「あ……はっ、はい」


扉を守る役人に声を掛けられ、妹子は一層気を引き締め背筋を伸ばした。


(聖徳太子に会えるんだ……しっかりしろ、僕!)



そしてついに、その扉が開く。


「妹子殿、奥へどうぞ」

「はい…」





緊張が絶頂に達した妹子がゆっくりと部屋に入り、その奥を見る。

そこにいたのは……。



2・嫌悪



青いジャージ姿のおっさんだった。


(だだだ誰コレ!?)


妹子は慌てて後ろを見たが、扉は閉まっていて役人の姿もない。

いきなり二人きりだ。




(うっそ……マジかよ?ていうかマジで?マジでコレが…こんなただのオッサンが聖徳太子なの!?)


「あの……聖徳太子、初めまして。この度遣隋使に任命されました、小野妹子です。隋との国交のため…頑張ります…」


コイツ、聞いてねえ……。


妹子は項垂れた。


こんなのが聖徳太子だったなんて、幻滅だ。

最悪だ……!

倭国の終わりも時間の問題だろ…!!


「人が真面目に挨拶しているのに、太子…」


僕の中の理想…いや、常識が派手にぶち壊された瞬間だった。

僕は握り拳をふるふると震わせながら声を上げた。


「何 昼間っからジャージでくつろいでんですかーッ!?」



それからは悲惨だった。

ジャージ着てるわノーパンだわアホだわ部下からもナメられてるわカレー臭いわ、臭いついでに体よく国から追い出されそうになってるわで、もうどうにもこうにも、悲惨だ。


(こんな人が僕を遣隋使に選んだなんて……)


ふと頭に浮かんだ『類は友を呼ぶ』という言葉を、僕は必死に頭を振って打ち消した。


(ぼ…僕はこんなオッサンとは違う…。絶対に…!)


「誤解だ!私は臭くなんかない!そんな理由で隋まで行かされてたまるか!」

「ヒイッ!?」


思考を遮るように こっちに来たオッサンに無理矢理ジャージの匂いをかがされる。

「ほらな、妹子!全然臭くなんかないだろ!?」

「………ハハ…」


何て言うか、最後の良心が余計に彼の心を傷付けたようだった。

目の前で面白いほどスローに絶望に変わっていく表情。

僕はそれをよく動くなぁなんて感心半分呆れ半分で見ていた。


そして最後の最後、僕は自然の摂理とは言え、瞬きをしてしまったことを後悔した。


(………え?)





「チクショーーー!!」

「あ、太子…!」


突然 踵を返して建物を飛び出した太子の背中を見て馬子さんが呆れている。


「全く…先が思いやられるな」

「…あの…馬子様。太子は何処へ……」

「彼のことだ。朝廷を飛び出して土手で不貞腐れているだろう」


では妹子殿、私はこれで。

太子に散々言うだけ言って満足したのか、馬子さんはさっさと出ていってしまった。


「……土手で」


そんな所まで行ったのか、太子…。


(…いや、)


そんな事は、どうでもいい。


「あの時なんで僕は瞬きなんか…!」


僕の見間違いじゃなかったら、何だかあの時の太子は……。










「……嫌われている方がいいよ。ああ、そうだ…。…私?構わないさ……私は、もう慣れっこだから、こんなのは…」
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