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私は宮田さんの背中に腕を回し、縋りついて泣いていた。
自分から抱きついていくなんて恥ずかしくて仕方がないはずなのに、今はどうしても離れたくなかった。
ああ、宮田さんが本当は違う世界の人だなんて…その事実だけが夢だったら、良かったのに。
いつまでも泣いている私を落ち着かせるように、宮田さんの手が私の頭をポンと撫でた。
泣き顔を見られることを気にしながら少しだけ顔を上げると、宮田さんは両腕を私の後ろに回したまま口を開いた。
「私の夢を見たと、とりますよ」
「…そうです。初めて宮田さんと会った時の夢…ですけど、そこに宮田さんが」
いなくて。
「そうですか」
宮田さんは小さく笑ったみたいだった。
「いっそ、最初からいなければ良かったな…」
「!?」
その言葉に、泣き顔のことも忘れてガバリと顔を上げると、宮田さんは苦笑した。
「会っちまった以上は仕方ないですがね。貴女と出会わなければ、心おきなく…死ねたのに」
「………」
難しい。
人生経験に乏しい私では、(いや、100年生きたご老人だって、異世界に行ったり一度死んだり変な化け物を相手にしたことがある宮田さんには敵わないだろうけど、)宮田さんが何を感じてるかなんて想像も出来ない。
宮田さんが苦しそうにしながら、なんで笑っているのかも分からなかった。
「…今の貴女にも、“俺は何処にも行かない”とは言えない…」
分かっている。
それを強要するのもおこがましいと分かってるのに、苦しくなって、思わず俯いてしまう。
そして、子どもみたいに泣きじゃくって宮田さんに抱きついていたこの状況が目に入って、今更ながら恥ずかしくなってしまった。
「人生の経験上、嘘を吐くのには慣れていても、そんな嘘は吐きたくないんです。…私は、自分の気持ちに関しては、真実よりも嘘を話したことの方が多かったかもしれない。ですがこれは本当です」
宮田さんは私に顔を上げさせると、私の目を真っ直ぐに見据えて言った。
「何処にも行きたくない」
宮田さんがそう言った、その言葉が私の頭を支配した。
私の頭がその言葉で埋め尽くされた直後に、宮田さんはまた新しい言葉を私に植え付けた。
「ここにいたい…貴女という人間がいるここに」
「…私…?」
熱くなってきた顔の顎を宮田さんに掬われ、口付けられていた。
「っ」
目を閉じると砂嵐に襲われたので、できるだけ視線を逸らすようにしながら目を開いた。
宮田さんに抱き寄せられて口付けられていると、なんだか宮田さんのさっきの言葉にどんどん説得力が付加されているようだ。
宮田さんのキスから本気が伝わってくるみたいで…ああ、恥ずかしい。
でも、そう感じれば感じるほど切なかった。
私だって離れたくない。
ここにいてほしい。
今こんなに近くにいるのに、いつか、体温も声も何も届かないほど遠くに行ってしまうなんて。
宮田さんが消えてしまうなんて。
また涙が溢れ出す。
宮田さんとのキスは、幸せ。
なのにいつ失ってしまうんだろうって思うと不幸せ。
ぎゅうぅと苦しくなる胸を押さえ付けるように宮田さんに抱きついて、朝だというのに随分とふしだらなキスをした。
宮田さんが時々唇を離して掠れた声で囁いた。
「俺も、ここにいたい…」
「っ宮田さん」
その声を聞く度にじわりと涙が溢れて来た。
宮田さんが私を抱きしめる腕に一層力がこもる。
「貴女がいる場所に、…貴女の隣に、そばに、ずっと…」
宮田さんの声は熱に浮かされたかのような、今にも消え入りそうな声だった。
それでもしっかり私の耳に聞こえていた。
「こんなに居心地のいい場所も…ずっとそばにいたいと思うような人も、初めてで」
ここにいたい。
宮田さんがキスをやめて私の肩口に顔をうずめるように私を抱きしめた。
宮田さんの声は私の耳元で低く響いた。
ここにいたい。
「――いろはのそばに、いさせてほしい…」
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