DZM1

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宮田司郎
東京23区/奥山家母屋
三日目/12時00分31秒





奥山家に居候することになってまだ少ししか経っていないが、俺はその時間の大半を離れで過ごしていた。

母屋にはまだ少ししかいたことがないが、今は特別に母屋にいた。

あまり長いこと離れにいてもすることがないため、庭で洗濯物を干している奥方に会いに行った。


「あら、宮田くんじゃない。どうかした?」

「いえ…ただ、何もせずにいるのが」

「ああ、退屈なのね」


ふふふ、と笑った彼女に変な感じがする。

俺の、ではないが、彼女は『母親』だ。

俺の『母親』はこんなものではないが、俺の中の空想というか、常識としての『母親』に、彼女は何処までも当てはまっている気がした。

なんだかとても居心地が悪くなった。

時々無性に気持ち悪くなる。

吐き気がして、虫唾が走って。


しかし彼女は俺の母親ではない。

居候しているだけであって、完全なる他人だ。

彼女が妻だの母だの、何の肩書を持っていようが俺には関係ない。

俺にとってはただの他人、それだけだ。


そう思うと胸がすっとして、落ち着いた。

そしてやっと彼女をもう一度直視することが出来る。


「何かすることはありませんか。私に出来ることであれば…」

「いえいえ、結構なのよ?ウチの長男だって今日は部屋でダラダラしてるみたいだし…用事があったらそっちに頼むから」


奥方は困ったように笑うが、その時ドンドンと階段を駆け降りる音が聞こえてきた。


「母さん!これ!!」


今まさに話題に上がっていた長男が、慌てた様子で何かを持っている。


「…いろはの体操服?」

「机の上に置いてあったんだけど、あいつコレ忘れてったんじゃね?」

「………彼女の部屋に入ったんですか?」

「う、うるっせえ!CD借りようと思ったんだよ!」


俺が口出しすると彼は慌てて弁解する。


「それよりも大丈夫なのか?あの学校の体育教師、みんな鬼だって有名だぜ。俺もさんざん怒られたしさぁ」


どうやら卒業生のようだ。


「だったらお兄ちゃん、届けてあげたら?体育はお昼からって言ってた気がするし…」

「確かそうだったと俺も思う。じゃあ一っ走り行ってくる…」


そう言って踵を返しかけて、彼は止まった。


「…車、父さんが乗ってったよな」

「いつもの事でしょ?バイクはどうしたの」

「ガソリン切れてんだよ……」


かなり面倒そうな顔で溜息を吐く。

そんな長男に母は「だから早く入れておけって言ったでしょ〜」と困り顔だ。

普段バイクなどに頼っていると、それが徒歩になるのは結構な打撃なのだろう。


それなら、と俺は奥方を見た。


「簡単に彼女の学校への道を教えて頂けますか。私が行きますよ」

「あ、あら…そう?」


どっちにしろ暇なんだ。

これぐらいは何てことない。





そうして高校に辿り着き、正面玄関に入ってすぐの事務室で用件を伝えると職員室に通されて。



「失礼しまーす…」



そしてやってきた彼女は、俺が初めて見る制服姿だった。

ああ、やはり学生か、と何だか奇妙な感慨に耽る。


彼女はバッグを受け取ると慌てて職員室を出て行ったが、放送で彼女を呼び出した教師は俺を離そうとしなかった。


「宮田さんでしたか。貴方は彼女の親戚か何かですか?」

「いえ……ただの知り合いですよ。散歩がてら届けに来ただけです」

「ほう、そうでしたか。わざわざご苦労様です」

「いえ。………では」


これぐらいのことは慣れているから、と口走りかけてやめた。


神代の遣いで気の進まない用事もさんざんこなしてきた。
ただのお遣いも、…人殺しも。


それがここでは、学校に体操服を届けるなど、なんて平和なものだろう。


校門を出て、グラウンドに視線を走らせる。

同じ体操服を好きなように着た男女が何やら走ったり跳んだりしている。


「………」


この中に彼女もいるのだろうか、と思いついたが、ずっと眺めているのも難なので踵を返す。



(………それよりも)



校舎内で気になる話を小耳に挟んだ。



『ああ、産休でしょ?』

『いつ頃からだったかしら……』

『でもまだ決まってないんでしょ?大丈夫なのかしら…』







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