ボカロ日和
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もしかすると、昨日のはフラグだったのかも知れなかった。
「………」
次の日、学校から帰ってきてパソコンの電源を入れ、色々と用事をしているうちにデスクトップが立ち上がる。
そしてようやく椅子に座った曽良が見たのは。
「………誰ですか、貴方」
「あ、マスターだ!私は松音わかば!よろしくねー!」
「わか…ば?」
なんだかとても若い松音芭蕉だった。
「若い芭蕉だからわかば!芭蕉って名前もいいけど“わかば”って可愛いよね!」
にこにこ笑って可愛さアピールなんかしちゃっている彼はあのジジイ松音芭蕉だ。
人の作業中に作業妨害BGMを流してきたりと色々鬱陶しいオッサンロイド。
それが言うに事欠いて“わかば”だと。
曽良はマウスを掴むと、デスクトップ天井からマウスカーソルを思いっきり落としてやった。
「全国の若葉ちゃんに謝れ!」
「ゴメス!!!」
しこたま殴られた彼は涙目で頭を押さえている。
オッサンロイド芭蕉のようにいつまでも倒れているようなことはないらしい。
流石に若い。
「そ、それを言うならマスターだって全国の“そらちゃん”と“そらくん”に謝ったらどうなの!?こんな暴力的なマスターだなんて芭蕉くん可哀想だよ!?」
「芭蕉くん?貴方、芭蕉さんじゃないんですか?」
わかばは目を瞬いてからふるふると頭を振る。
「ちっがうよ!松音わかばは松音芭蕉の派生キャラクターで、芭蕉くんとは別なんだー。マスターと芭蕉くんとの記憶もあるけど、マスターと話すのはこれが初めてだよ」
「派生か…」
それなら聞いたことがあるな、と思い当たる曽良を余所に、わかばはルンルンと忙しなく動いていた。
「芭蕉くんとはちょっと仕上がりが変わってくるけど、私に歌わせることもできるよ!」
「へえ…そうなんですか?」
それはちょっと興味深い。
「だったら簡単な曲を用意しますんで、試しに歌ってもらっても?」
「むっふー!任せなさい!松音わかばに不可能はないぞ!フッフー!」
「………」
芭蕉も充分鬱陶しかったが、わかばは なまじ若いだけに体力も有り余っているので余計な言動が多い。
ウザさ二割り増しだな…と思いつつも、わかばの性能が気になった曽良は黙って作業に取りかかった。
パソコンに向かって音を打ち込み、調整を入れつつ わかばに視線をやった。
「ここの音はどうですか?もう少し高くなっても問題はないですか?」
「んー…うん、大丈夫!もっと上げられるよ!」
「そうですか。なら次はここを伸ばしますんで、限界を教えて下さい」
「えっと…この辺?」
「分かりました、じゃあここで」
「え?ちょっと待って、私ここって言ったよね?明らかに無視して増やしてない!?」
「僕の理想はここなんで…」
「が、頑張るけどさー…」
さすが若いボーカロイドだ。
腐っても松音芭蕉ゆえ、泣き言も言ったりしているが、明らかに芭蕉とは性能が違う。
多少無理をさせても軽く歌ってしまう。
「どう?どう!?マスター!私頑張ってる!?」
「ええ、上手ですよ」
「やったー!!」
上手く歌えるとぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ わかば。
芭蕉に比べて調教が全然楽だ。
声も若くて勢いを付けやすかったりする。
「じゃあ今日の調整はここまでです」
「えぇー?私もっと歌えるのにー!マスター、私は芭蕉くんみたいに無茶してもフリーズしないよ?」
「いえ、お腹空いたから止めるんです」
「そんな理由!?いや、ご飯も大切だけどもっと構ってよマスター!私、今日やっと出てこられたのにもう終わりなんて嫌だよー!」
「………」
そう言えば。
「貴方はなんで今になって突然出てきたんですか?」
「な、なんか冷たい言い方だねマスター…。私泣いちゃうよ?」
わかばは気を取り直したように腕をブンブン振る。
「マスターが芭蕉くんに言ったじゃないか、芭蕉さんは年が行き過ぎなんですよって。芭蕉くんも、明日こそは必ずマスターをギャフンと言わせてやるって言ったでしょ?そういう事だけど」
「………」
そうだったのか、と曽良は納得する。
しかし、まさか本当に若いバージョンが現れるとは思っていなかった。
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