ボカロ日和
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「えーっと…何か課題に役立つページとかないかな…」
「おーい、妹子ー」
「……聞こえない聞こえない。あ、ここの記述なんか参考になるんじゃ…」
「いーもーこー」
「まあ提出は来週だし、みんなにも色々聞いてゆっくり…」
「おーいーもー!!」
「誰が芋だ、えぇ!?この明太子野郎が!!」
「あ、やっと反応したぁ」
インターネット画面を開いて学校の課題について色々調べ物をしていた妹子は、ウィンドウの端に座ってダラダラしながら横槍を入れてくる太子をついに怒鳴りつけた。
「かれこれ30分は無視してただろお前…流石の私ももうちょっとで心が折れるところだったんだからな」
「いっそ折れろ。勝手に出てきておいて煩いんですよ…今は太子に構ってる暇はないんです!」
「えぇーっ」
太子の喧しいブーイングを無視しながら机の上のノートやらを片付ける。
「妹子さぁ、いつになったら曲作ってくれんの?パソコンはほとんど毎日つけてるけど、全然曲を作らないじゃないか」
妹子は「う、」と詰まったが、ヒラヒラと手を振ってやっぱりスルーする。
「パソコンの中でのうのうと生きてるアンタとは違って、人間ってのは忙しいんですよ!」
そう言うと、太子は「にんげん…」と呟いて俯き、パチリと瞬きをした。
「人間……かぁ」
「…太子?」
もしかして心臓がない彼にそういうことは禁句だったのでは…と妹子は言ってしまってから後悔する。
太子は俯いて「そっか、そうだよな」と呟いている。
「あ、あの、太子…僕――」
申し訳なくなって思わず口を開いた妹子を見た太子の顔は――
見事なまでのニヤニヤ顔だった。
「人間は仕事に勉強に、ご苦労な事だなぁざまぁみろ〜」
「なっ!?」
落ち込んだかと思いきやそんなことは全然なく、太子はニヤニヤしながら「おたんこなすめー」とか言っている。
「おまッ…おたんこなすはアンタだ!!このおたんこ太子がッ!!」
「ヒィーお前デスクトップを叩くな!叩くなって!」
実を言うと、太子のための曲のことはちゃんと考えている。
けれど記念すべき一曲目をどんな曲にしようかと思うと、妙に緊張して考えが纏まらない。
通学鞄からルーズリーフを出してきて眺めてみる。
「……イマイチ」
「妹子ー、何だそれ?」
「課題のメモです」
と言いつつ、オリジナル曲でも作ってみようかと思って、学校でちまちま書いてみた歌詞である。
(そもそも、何かを作るのって得意じゃないんだよなぁ…)
決められたものをこなすのは得意だ。
国語の作文は先生が誉めてくれるようなテンプレ通りの物を。
数学は公式を覚えて応用のパターンを頭に叩き込む。
理科も社会も英語も得手不得手はあれど努力があれば ある程度は出来る。
問題は小学校のときの図画工作だった。
「好きに描いていい」、「好きに作っていい」。
そう言われても何も浮かんでこないのだ。
(困ったなぁ……)
「いっそ一曲目は既存曲にしようか…」
妹子が無意識にそう呟くと、それを聞いていた太子が「おお!」反応した。
「既存曲?何だ?」
「替え歌なんて大層なことは出来ませんから、そのままの歌詞でも歌えるものを…」
「随分ハードルが低いんだな妹子…私なんか力が抜けてきた…」
「し、仕方ないでしょう!初心者なのにハードなことは出来ません!こういうのは少しずつ上達するんです!」
だいぶ言い訳になってしまっているのが自分でも分かった。
太子はやはり呆れるだろうかと思い、逸らした目線をチラリと戻すと、予想に反して太子はニコニコと笑っていた。
「……太子?」
「んー?」
しかも随分上機嫌っぽい。
「太子は僕がこんな不甲斐ないマスターでも嫌じゃないんですか?」
そう訊くと、太子はますます笑顔になる…嬉しくて仕方がないとでも言いたげな笑みだ。
「最初から完璧なマスターでもいいけど、妹子みたいな初心者のマスターと少しずつ向上していくのも楽しいかなーと思って」
「…太子…」
「私のために四苦八苦する妹子を見れるのも嬉しいかも知れない」
「う…っ」
じぃんとしていたところにコレだ。
しかし母親が自分のために頑張ってくれると子は嬉しいように、太子もそんな感じなのかも知れない。
「……頑張ります。太子も一緒に…頑張りましょうね」
静かにそう言うと、太子もにっこりと頷いてくれる。
家族でも友達でもない、小さなボーカロイドとの不思議な関係……今までに感じたことのない温かさに、妹子は微笑みながらも戸惑いを感じていた。
(何故だろう……こんなに温かいのは)
「妹子?」
黙りこくる妹子を見て、くてんと首を傾げた太子に「ああ、いえ」と曖昧な返事をする。
「えっと…既存曲ですね。歌詞も曲も何もしなくていい分、調教をちょっと手応えのありそうなのにしてみましょう。例えば…」
インターネット画面で動画サイトを開き、マウスを動かしていた妹子の目にある動画が映った。
太子もそれを見て瞬きをする。
「………妹子、これって……」
「……太子、コレで行きましょう。男は黙って…」
――Ievan Polkka!!
いわゆるロイツマである。
日本語でおkという感じの、何語かも分からないような謎の言葉を早口でひたすら歌うもの。
「よし、太子!これで行きましょう!頑張って打ち込みますから!」
妹子が興奮気味に訴えると、太子も「おー!」と拳を突き上げる。
「いいと思うぞ!それじゃあ私も用意をしてこないとな。妹子、打ち込みは頼んだぞー!」
「はい!任せてくだ――え?」
用意?
さっきまであんなに構え構えと課題を邪魔してきていた太子が突然あっさり画面から消えてしまった。
ボーカロイドソフトを開いても出てこない。
「よ、用意って……何する気だろ…」
まあいいか、と思い直して打ち込みを始める。
分からないところはネットや説明書でなんとか補完し、打ち込んでいく。
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