ボカロ日和
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「ちょっと…なんかこのカーソル汚くなってない?」
「このポンコツの処理速度を超えるスピードでマウスカーソルを動かしたから画像が荒れたんですよ」
「君のせいじゃん!何やってくれてんの!?」
「…今度は何も帰ってきませんよ?」
「ごめんなさい…」
芭蕉がションボリしていると曽良がまた何事もなかったようにインターネット画面を弄った。
「動画サイトのアカウントを取得しておきました。芭蕉さんはコレでボーカロイドが何なのかということを学ぶべきです」
「え?でもガイドブック買ったし…」
「ボーカロイドのボの字も知らない者がガイドブックなんか買えますか?そういうのを買うのはある程度備えた知識をより深めるためです。違いますか?」
「いや…違わない、かな」
芭蕉は恐る恐る動画を見始める。
「でもこういうのってどれくらい見ればいいの?一通り見るべき?」
「一通り全部見ようと思ったら廃人になるほどにはありますよ」
「……オススメとかある?」
芭蕉は苦笑いしながら訊いた。
夕方。
「とりあえず有名どころはお見せしました」
「なんか最近は色々あるんだね…ツンデレとかヤンデレとか…その、ショタとかロリとか…」
芭蕉は少し恥ずかしくなりながら動画を思い出す。
そして曽良を見つめて、「曽良くんは何なんだろう」と考える。
(男の子だし、もう青年だし…ショタとかロリとかそういう恥ずかしいのは無いよね。ヤンデレってほど曽良くんに愛されてる気がしないし……ツンデレ?いや、むしろツンツンなんじゃあ…)
「何ですか、芭蕉さん」
「い、いや!何でもないよ」
曽良には適当に返事をしながら小さく溜め息を吐く。
(初音ミクちゃんかぁ……短すぎるスカートとかちょっと恥ずかしいけど、可愛かったなぁ。素直で明るい女の子って感じ…)
その他のどのボーカロイドを思い出しても、この目の前の乱暴なボーカロイドのように、マスターを虐げてるようなものはいなかった。
芭蕉が延々悩んでいると、また曽良が芭蕉を呼んだ。
「芭蕉さん?」
「んー、なぁに?」
「考え事ですか?」
「んー…ちょっとね」
「………」
うんうんと頭を悩ませる芭蕉と黙り込む曽良。
芭蕉が「鏡音リンちゃんとか無邪気で可愛かったなぁ」なんて考えているときだった。
――ジャッキン!
なんだか物騒な刃物の音がしたので驚いて見ると、何処から出してきたのか、何やら巨大なハサミを持った曽良がインターネット画面にその刃先を突っ込んでいた。
「ちょ、えぇッ!?そそそ曽良くん何してんのーー!?」
「別に…ちょっとマイリスト潰しを」
「ええぇぇ困るよ曽良くん!参考になりそうな動画全部そこに入ってるのに!!」
曽良に勧められて動画を見たのに、何故かその成果を彼自身に潰されてしまった。
「曽良くんなんでそんな酷いことするんだよー!」
「だまらっしゃい。ハードディスク切り刻みますよ?」
「よく分かんないけど怖いからやめて!?ていうかそのハサミは一体…!」
「河音曽良の標準装備品です。ねんどろいどが出たなら真っ先に持ち物にリストアップされるほど」
「ねんどろいど?…ああ、あの可愛い人形…」
しかし全く、このボーカロイドと来たらなんて乱暴なのだろうと思う。
他のボーカロイドはネギやアイスやワンカップ、過激なものでもロードローラーという乗り物なのに、彼の持ち物と来たら立派な凶器だ。
「………初音ミクだとか、あんなのが良かったですか?」
「え?」
「何でもありません。今日は色々やりましたからこの辺でいいでしょう。それでは」
曽良が着物の袖を翻すと、画面上からポンと消える。
「曽良くん…」
なんだか突き放された気分になりつつも、彼の理不尽な行動に少なからずイライラしていた芭蕉は、そのままパソコンを切った。
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