ボカロ日和

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「ほら芭蕉さん、早起きだけが取り柄のジジイがいつまでも寝てないで下さい。邪魔ですよ」

「今まで頑張って避けてきたフォントタグをあっさり解禁してまでゴミ箱投げつけてくるなんて…ッ、曽良くん酷い!ていうかっ、私そんな歌、歌わないからね!?」

「何故ですか?さっきはあんなに喜んでたじゃないですか…」

「喜んでなんかない!だ、大体ねぇ!私はキミのこと、まだマスターって認めたわけじゃないんだぞ!」


腰をさすりながらヨロヨロと起き上がるわりに、顔と声だけは変に勇ましい。


「ハァ…強情ですね。何ですか?ジジイのくせにツンデレですか」

「ツンデレじゃないぞ!ツンツンだ!お前になど断じてデレてやるものかー!!」


芭蕉は啖呵を切ったが、元々憤怒することにはあまり慣れていないのか、怒りながらパニックを起こしている。

顔や耳は真っ赤だし、汗と涙で酷い有り様だ。

醜い様に曽良は顔を顰めながら頭を振る。


芭蕉はついに本格的に泣き始めて、若草色の着物の裾を顔に押し付けてグズグズ泣きながら踵を返すと、マイコンピュータのフォルダを立ち上げた。


「?」


何をするのかと曽良が好奇心で見ていると、芭蕉はどんどんフォルダを開いて、ボーカロイドのソフトのフォルダに辿り着く。

編集画面のインターフェイスに必要なアイコンなどのファイルが入っているフォルダまで進んだかと思うと、その中から『equip』というフォルダを探し出して開いた。


「“装備”…?」


小さな声で呟いた曽良がそこに見たのは、『murphykun』というファイル。

曽良がパチパチと目を瞬いている間に芭蕉はそれをポスポスと叩いてダブルクリックした。

すると一秒も経たないうちに、芭蕉の腕の中に、芭蕉の身の丈ほどもあるぬいぐるみが現れた。


「……何ですか、それ?」


やけにグッタリした茶色くて残念な感じのぬいぐるみを見て、曽良は非難するような声で訊いた。


「私の友達のマーフィーくんだ!マーフィーくんだけは私のことを慰めてくれるんだもん…!」


芭蕉はぎゅうぅと“マーフィーくん”に抱き付いて離れない。


「プログラムの一部ですか?」

「そうだよ。これは立派な私の一部!」


初音ミクで言うところのネギ、KAITOで言うところのアイスだとかそんな物だろうかと簡単に予想して曽良は納得する。


「そんな薄汚い友達を勝手に出して来ないで下さいよ。第一ただのぬいぐるみでしょう」

「馬鹿にするなぁ!マーフィーくんは生きてるし、アレだよ!初音ミクちゃんで言う はちゅね的な存在なんだぞ!!」

「ああ…そっちですか」


曽良にとっては至極どうでもいい違いだ。


「昔から激しい電撃だとかプログラム変更とか、厳しい製品開発に耐える私を支えてくれたのがマーフィーくんなんだ、私の親友なんだもん…!」

「芭蕉さん…」

「二人で頑張ってやっと松音芭蕉になれたのに、もうアンインストールされちゃうなんてあんまりだ!」

「いや、だから芭蕉さん」


曽良がまたマウスを掴む。


「主の話は聞け!!」

「アバファア!!」


またしてもゴミ箱アイコンが、さっきよりも強い力で芭蕉に投げつけられた。

芭蕉はマーフィーくんだけは死守して抱きしめながらデスクトップに倒れ込んでいる。

曽良は額に手をやって溜め息を吐いた。


「芭蕉さん、僕が貴方をアンインストールするっていつ言ったんですか?僕は歌わせると言っただけじゃないですか」


諭すような声に芭蕉は目を丸くしたが、すぐに思い直したように頭を振る。

彼の性格が悪いことはもう分かっているのだ。


「でもっ…すごいフラグ立ってるじゃないか!私は騙されないぞ!!」

「立てた覚えはありません」


曽良がマウスを掴み、また芭蕉をど突く。


「いい加減にして下さい芭蕉さん」

「アダムッ!!…もう、曽良君容赦なさすぎるよぉ…っ」

「そのぬいぐるみが邪魔です。ゴミ箱に捨てなさい」

「マジで容赦ねえぇぇー!!」


泣きべそをかくばかりで立ち上がる気配のない芭蕉に、曽良が「いいですか芭蕉さん」と注意を促した。


「僕は音楽のために貴方をインストールしたのであって、インターフェイスなんかどうでもいいんですよ。ましてやそんなマスコットキャラは不要です。そんな無駄なものを付けようものならそのうち必ず――」

「………」

「………芭蕉さん?」


芭蕉が曽良を見つめたまま微動だにしない。

珍しく沢山言葉を喋ってみた曽良は、芭蕉がポカンとしたまま何も言えないでいる様子を見て溜め息を吐いた。


「だから邪魔だって言ったのに…」


そう、あまりの容量にフリーズしているのだ。


「………」


曽良が2分ほど黙っていると、ようやく全てを理解できたらしい芭蕉がフルフルと頭を振って「ふう!」と言った。


「びっくりしたぁ……曽良君が急にいっぱい喋るから処理が大変だったよー」

「人のせいにするな。アンタがポンコツジジイだからですよ」

「ポンコツジジイって何だよソレっ……あぁっ!?」


憤慨する芭蕉の足元でぐったりしていたマーフィーくんを、曽良がドラッグで突然取り上げた。


「やっ…やあぁー!曽良くんやめて!どうするつもりだー!!」

「うるさい」


曽良はマーフィーくんを適当なフォルダに放り込んで開く。


「………『wata』?何ですかこのファイルは」

「ギャアアァ!マーフィーくんの中身が!!」

「綿…中身か。これが重いから…」


曽良はマウスをカチカチとクリックしてソフトを開く。

見たこともないソフトのインターフェイスに曽良は首を傾げたが、何となくの勘でソフトを弄って作業をする。

親友の身を案じて騒ぎ続けた芭蕉、その間一分。


「出来ました」

「え?」


ポイッと返されたマーフィーくんを抱き止めた途端、その違いが分かった。


「あれ…軽くなってる…?」

「あんまり重いとすぐフリーズすることになるので軽量化したんです。まあ、捨てるのが一番手っ取り早いんですけど」

「そ、それはダメ!絶対ダメ!」

「そう言うだろうから圧縮で済ませたんです」


溜め息を吐く曽良を、芭蕉がマーフィーくんを抱きしめながら見つめる。


「曽良くん…っ」

「ああ、あとおんぶできるようになりました」

「え?…あ、本当だ!」


芭蕉がマーフィーくんを負ぶさって、茶色い手を前で留める。


「わー、なんか便利だねコレ!曽良くんありがとう!」

「これで歌う気になりましたか?」

「うっ!……仕方ないなぁ、恩は恩だもん…。うん、歌う!」


これでやっと作業に移れる、と曽良は息を吐いた。





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