ボカロ日和

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インストールなるものは、実はなかなかの親切設計だった。

画面にガイドが出るから説明書要らずだ。

数分後にはインストールが始まり、芭蕉は息を吐いて背を逸らす。


「ふうぅー…本当に大丈夫かな、コレ」


噂のウイルスとかだったら松尾泣いちゃうよ?

福引きのお兄さんに涙ながらのフケアドベンチャーだよ?


しかしそれは杞憂だったらしい。

ウィーンという音とともに、ディスプレイにパッと新しい画面が現れた。


「ハッ!付いた!?」


慌てて画面に張り付く。

どうやら本当にただのソフトらしく、芭蕉はホッと胸を撫で下ろした。

その時だ。

ポーンという音と共に、画面に何かが降りたったのは。


「おや…?インストールされたのか?」

「!?」


男の子の声。

芭蕉はもう一度ディスプレイに張り付いた。


「に…人間!?」

「ボーカロイドの河音曽良です。貴方が僕のマスターですね」


黒髪に涼しげな流し目、袖口や襟を青く染め抜いた白地の着物の上に変わった形の鞄を下げ、耳には青いインカムを付けている若者。

ソフトのパッケージに載っているのと全く同じキャラクターだった。


「す…すごい。最近の機械は喋るの?」

「ええ、最先端技術で作られたボーカロイドですから」

「そうなんだ…えぇっと……」


芭蕉は わたわたと机の上を見回してから曽良を見下ろす。


「えっと、曽良くん…で、いいのかな?」

「はい。よろしくお願いします」


デスクトップにチョコンと立ち、きちんとお辞儀をする男の子。

ちっちゃくて非常に可愛らしいのだが、芭蕉はソワソワと落ち着きがなかった。


「そっか。…えーと…じゃあ…」


芭蕉はマウスを握っていることも出来ず、不安げに両手を合わせて握りしめると、おずおずと訊ねた。


「あの〜…何をしたら、いいのかな?」

「………は?」


曽良の低い声が短く発音された。


しかしそうなのだ。

福引きでいきなり訳の分からないソフトを押し付けられ、起動したはいいが何から始めていいのか分からない。

芭蕉はえへへと可愛げで誤魔化すように笑いながら合わせた指をクルクルと回す。


「実を言うとさぁ私、ボーカロイドとか全然知らなくって……」

「………」


ブチン。


「!?」


突然スピーカーからした音に芭蕉の肩がビクッと跳ねた。

相変わらずデスクトップに突っ立つ曽良が静かに芭蕉を見上げる。


「……貴方、名前は?」

「ま…松尾芭蕉…だけど……」

「そうですか。では芭蕉さん、ヘッドホンを付けて下さい」


曽良の指示に、芭蕉は目を瞬く。


「えっ?教えてくれるの?でもヘッドホンって…」

「それです芭蕉さん」


曽良の うんざりしたような声と差した指に導かれ、慌ててデスクトップの横のヘッドホンを取り、街で若者がどう付けていたかを思い出しながら装着する。


「こ、こう?」

「そうです。では…」


曽良は目を閉じて静かに息を吸い込むと、カッと目を見開いて、


「この機械オンチじじいが!!!!」

「ぎゃあぁ!?耳が死ぬうぅぅぅ!!」


いきなり叫んだ曽良の大音量ボイスが耳をつんざき、芭蕉はひっくり返ってのた打った。


「い、いきなり何すんの!?鼓膜破れるとこだったじゃないか…!」

「惜しかったですね」

「惜しいとか言うなァ!アレって痛いんだぞっ!」


先程の礼儀正しい様子とは一変し、曽良はふてぶてしい表情で堂々とデスクトップに立っている。

ナビゲーションしてくれるのかと思いきや突然ユーザーの鼓膜を破ろうとするとは、とんでもないソフトだ。


「はぁ…あの福引きのお兄さんはこんなのを私にどうしろって言うんだろ…」


思わず弱音を吐くと、曽良の鋭い目がキッと上目遣いに芭蕉を見た。



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