ボカロ日和

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自宅。

一人暮らしである鬼男は温かいお茶を用意し、ノートパソコンを開く。

持ち運びできる便利さから、鬼男は専らノートパソコンユーザーだ。


(ノートでも出来る、よな?)


パソコンはワードやエクセルなど、決められたソフトの決められた機能しか使わないので、新たにソフトをインストールすることには不慣れで戸惑ったが、説明書通りにやればわりとトントン拍子で作業は進んだ。

そして。

『正常にインストールされました』のポップアップを見て、鬼男は小さく息を吐きながらデスクトップに表示されたボーカロイドソフトのアイコンをダブルクリックする。

マウスカーソルが待機表示になり、そしてまた元の白い矢印に戻った。

それとほぼ同時だった。


「だから俺は!!こんなんじゃ出版されたくないんだってーーーー!!」

「!?」


何やら見慣れない編集画面が現れたと同時に、その手前に、パッケージに描かれていたのと全く同じキャラクターが出てきて、あろうことか…喋ったのだ。


「…は?」

「は?って君!!だからね、俺はね!?って…うん?君、誰?」


ボーカロイドが喋るだなんて、あのボーカロイドマニアの友人は一言も言っちゃくれなかったはずだが。

鬼男は動いて喋る冥音閻魔を目の前に、固まった。


「ん?俺、製作者側に取り合ってたはずなんだけど……も、もしかして問答無用で出荷されちゃった!?ひどすぎるだろ…!!」

「…えーっと…冥音、閻魔?」

「そうだけど?ああ、俺の事は大王って呼びなさい。俺、冥界の王だから」

「いや、それよりも…これは夢か?」


内心かなり慌てながら湯呑を掴んで飲んでみたらお茶は熱かったので夢じゃないらしい。


「あー、あのね、他のボーカロイドは喋らないけど俺は喋るよ?」

「そうなのか……えっと、大王?」

「何?」


ようやく落ち着いてきた鬼男はノートパソコンの画面を引っ掴んだ。


「ソフト起動した瞬間いきなり叫ぶな!!!!」

「ひぃぃッ、今更そこ怒られた!!叫んでごめん!!」


閻魔は心なしかデスクトップの端に寄ってフルフルと震えている。

どうやらビビリらしい。


「…まあ、現代技術ってのは計り知れないし、今さらソフトが喋ったっておかしくないか。それで?歌は歌えるのか?」


やっぱり何だかんだで順応性の高い鬼男は普通にソフトと会話を始めてしまう。


「勿論、歌えるとも。俺はボーカロイドだからな」

「ふーん…」

「そういうわけで、今日から君が俺のマスターなんだな!」

「は!?マスター?」

「えぇっ?」


素っ頓狂な声を上げた鬼男に閻魔は青ざめてまた震えだす。


「ちょ、俺、間違ったことは言ってないぞ?俺をインストールしたってことは君、俺を使うつもりだったんだろ?」

「いや、そんなつもりは…」

「ええぇー!?」


閻魔は困ったように眉を下げて、ぐずり出す。


「いや、確かに俺、まだ出荷されるには早いかな〜って思ってたけど、やっぱりその…じ、自分だけのマスターとか、いいなぁって思ってたし…っ」

「………」


(なんだこのオッサン…。ソフトだししかもオッサンのくせに頬なんか染めやがって)


………………。

………。

…。

一生の不覚。


(か…っ、可愛いじゃねえか……っ)


キャラクターだ。

キャラクターデザインだ。

ハマってしまうのは製作者側の罠だ、自分は悪くない!


鬼男はフルフル震えながら頭を掻いた。


「え…えーっと…?その…曲ってどうやって作るんだ」

「え?このソフトのメロディラインにドラムとか、ベース音とか、入れて…」

「ふーん……」


鬼男は作業画面のインターフェイスを眺める。


「…そういや大王、喋れるなら作曲とのガイド、頼めるか?」

「あ、うん。一応頑張るけど…」

「…それなら」


呟いた鬼男に、閻魔の目がキラキラと煌めく。

分かりやすい男だ。


「よし、それじゃあ今日から君が俺のマスターなんだな!よろしく!!」

「その、マスターっていうの…どうにかならないか?」

「え?だめ?」


鬼男は首を捻って呻る。

どうしてだか、マスターと聞くとバーとかを思い浮かべてしまってどうも印象が違う気がする。

仕方ない、ここは名前で呼ばせよう。



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