ボカロ日和

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妹子は混乱しながらマウスを引っ掴むと、オッサンのジャージをクリックしてドラッグし、ゴミ箱アイコンの方へ引っ張った。


「くそ、このオッサンが!!踏ん張るな!!」

「おまっ、いきなりインストールしといてそれはないだろ!!インストールしてもうゴミ箱とかお前!空気読め!!」


オッサンは何やら怒りながら腰かけていたデータフォルダにしがみついて離れない。

このままではデータフォルダまで一緒にゴミ箱送りになりかねないので、妹子は仕方なしにドラッグを諦める。

オッサンの冠の上で右クリックすると、開いたメニューにマウスカーソルを走らせて『削除(D)』を目指す。

それにいち早く気付いたオッサンが慌ててメニューを両手で掻き消した。


「あぁッ!!何してんですか、邪魔しないで下さいよ!!」

「アホーーー!!こちとらやっと起動できたのにもうアンインストールされてたまるかーーー!!」

「知りませんよアンタみたいなオッサンの事情なんて!!」

右クリックを連打しても何度でも邪魔が入る。

妹子はこの鬱陶しいオッサンと五分ほど戦ったが、ついに手が疲れてマウスを離してしまった。


「はぁ…全く…」

「よっしゃ!人間に勝ったぞざまぁみろー」

「ムカつく………っ」


妹子は改めてデスクトップに佇む彼を見る。

やけに低い位置にぶら下がったギターには01のペイントがある。


「…アンタ、本当にボーカロイドなんですか…?」

「当ったり前だ!!なんでも歌ってやるぞ!」

「嘘だ…こんなアホが…」

「アホって言うな!私には聖音太子っていう立派な名前があるんだ!!」

「じゃあ太子、試しに何か歌ってみて下さいよ」

「チッ、仕方ないなぁ…じゃあサンプルナンバーでも歌ってやるから!」


そう言うと太子は姿勢を正してギターを構えた。

…が、


「…太子、ギターの位置が低すぎてギター触れてないじゃないですか。ギターあるのにエアギターみたいになってますよ」

「アホめ、これが私の必殺技ダブルギターだ」

「はぁ!?実は弾けないんだろお前!!」

「ギクッ!!…そ、そんなことないぞー!!」

「もういいですよ…製作会社に連絡入れますから」


太子は邪魔そうだったギターを下ろすと慌てて拳をブンブン振った。


「な、何しようとしとんじゃお前―――!!電話に触るな!置け!置けーーッ!!」

「え〜〜…だって不良品じゃないですか…」

「不良品って言うな。私は世界で一つしかないんだからな、むしろ私に出会えたことを光栄に思え!」

「…それってつまり、アンタって一応正規の商品ってことなんですか?」


妹子は電話を置いて再びパソコンに向き直る。


「いや、商品とは違うな…私、非売品だし…」

「非売品……」


妹子はボーっと太子を見つめながら呟く。


友人に初音ミクを見せてもらったことがある。

よく出来たソフトだとは思ったが、あのソフトはキャラクターがこんなふうに立って喋っているなんてことはなかった。

しかもこのソフトと来たら、妹子の声を聞き取って内容を理解し、返事まで出来ている。


(まさかコレって……実はすごい貴重なものなんじゃ…)


ゴクリと喉が鳴った。


「太子……」

「な、何だよ…。お前、なんだか急に眼が血走ってるぞ?」


妹子のことまで見えているのだ。

冷や汗を垂らし、後ずさる。

動くこともできるのだ。


(パソコンの中でリアルに生きるボーカロイド!)


パソコンの画面を録画して同時に録音できるようなソフト、あっただろうか。

…大丈夫だ、フリーソフトだけどCamStudioがインストールされてる!

こいつを撮って発表すればきっと話題になるに違いない…!!

半分毒妹子化している妹子は感動に打ち震えながら引きつる笑みを見せた。


「た、太子…」

「何だ?」

「しょうがないから、しばらくウチのパソコンに置いてあげます…。その代わり、ちゃーんと歌うんですよ?いいですね…?」

「な、なんか顔が怖いことになってるけど…まあいいや。私、歌うために生まれてきたわけだし…。………あ、」


太子がふと思い出したように言った。


「私、音楽と関係ないものとは相性が悪くて、プリントスクリーンとか画面キャプチャーとかしたらもれなくパソコンがブッ壊れるらしいからよろしく」

「何だその妙な設定はーーーー!!?」


何だコイツは、エスパーか!?


今 頭の中で考えていたプランをことごとく潰された妹子は、やっぱりアンインストールしてやろうかと考える。




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