ボカロ日和

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【03・松音芭蕉】





「河合さーん、宅急便でーす」


河合曽良。

現役大学生。

彼が通っているキャンパスにそれなりに近いアパートの一室の呼び鈴を、配達のオニイサンが軽く押した。


「ご苦労様です」


扉を開けたの部屋の主、河合曽良は、大きなヘッドホンを外しながら証明書に印鑑を捺して荷物を受け取る。

大きくはない、軽くて薄めの荷物。

曽良は部屋に引っ込むと、包装に貼られたラベルを簡単に確認した。


「ボーカロイド、ね…」


曽良は疑わしげな眼で荷物を矯めつ眇めつして見ながらパソコンの前に座る。

名前は確か、鏡音リン・レンだったか?

双子かと思いきやどうやらそうじゃないらしいが別にどうでもいい。

曽良はハサミを出してくると、段ボール臭い紙袋を切り始めた。

分かりきっている。

出てくるのはネットショッピングのあの画面で見た、黄色基調の――


「………は?」


み ど り ?


曽良は紙袋の中から僅かに覗いた緑のパッケージにしばし硬直した後、素早く包装を取り払った。

真新しいパッケージの表面でまず目に飛び込んできたのは、若草色の着物を着た………ジジイ。

曽良は切れ長の目をいっぱいに見開きながらロゴを見る。


「…まつね、ばしょう?」


待て。

曽良は包装のラベルをもう一度確認する。

…確かに鏡音リン・レンだ。

しかし手元にあるのは見知らぬジジイの松音芭蕉。

よく見たら制作会社まで違うしナンバーも02ではなく03。

不祥事だ。

一体 何をどうすれば他社の製品を間違えて送りつけられるのかと思いながらも曽良はパッケージを眺める。

若草色の着物に深めの茶髪。

もう数年で50ぐらいを迎えそうな痩せた中年にインカム付きのヘッドホンが似合わない。


「………」


曽良は絶句してそのパッケージを眺めた後、ラベルの付いた包装紙を引っ掴むと首を捻って電話の子機を見た。

しかししばらくボーっと電話を眺めるだけした後、曽良はあろうことか体勢を戻してパソコンを起動すると、パッケージのフィルムを破ってディスクを取り出し、何事もなかったかのようにドライブに挿入してしまったのだった。





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