SIRENSHORT
□図書委員会
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※以前書いていた未完ネタです。
途中でいきなり終わります。
「奥山さんって知的な感じがするよねー。絶対向いてるー!」
「分かるぅー!なんかめっちゃ似合いそう、図書委員!!」
「………え?」
高校生になってから、また新しい春がやってきた。
窓際の暖かい席に座り、校庭を彩る桜のピンクにぼうっと視線をやっていたら、突然クラスの図書委員に抜擢されてしまった。
――第二水曜日――
静寂と本にびっしりと埋め尽くされた図書室。
カウンター席に座り、脇のパソコンのマウスをカチカチとクリックして、私は小さく呟いた。
「…私が知的っぽいなんて絶対嘘だ…。誰も図書委員やりたくないからって……」
午後の教室に響く、「図書委員女子は奥山いろはさんに決まりましたー」という間延びした声と疎らな拍手。
途端に「やっと終わったー!」という歓声を上げてみんなが席を立つ。
HRを延々と長引かせた女子図書委員の空白に、“奥山いろは”という字が投げ遣りに放り込まれたのは数日前の話。
今日、早速図書当番が我がクラスに回り、私は数時間前の昼休みに引き続いてこの放課後も図書室に缶詰めになっている。
図書委員の男子の方は………予想はしていたのだが、来ない。
部屋の中を見遣っても、図書室を利用する生徒は誰一人としていない。
新学期が始まったばかりだし、テスト前でもない限り、誰も来ないかも知れない。
「暇だ……」
図書室なんてそんなものか、と溜め息を吐いたときだった。
――ガラ、
「!」
図書室の扉が開く音にびっくりしてそちらを見ると、図書室の入口に知らない男子生徒が立っていた。
「あ…」
私が思わず漏らした声は相手には届いていなかったようでホッとしたが、相手は相手で、まず図書室の扉が開いたことに驚いたように目を瞬いていた。
高校生の男子にしては珍しいくらい白い肌に、茶色がかった短い頭髪。
伸びた背筋に、真面目――に見えて、実は目つきが悪いだけの鋭い視線がこちらを見た。
「………今日は、開いてるのか」
今日“は”。
「………はい、開いてます」
平日は毎日開いてるんですけど、と言うと嘘になるらしいので言わないでおいた。
「下校時刻10分前までは開けてますから、どうぞ」
控えめに入室を促すと、相手は小さく頷いて図書室に入ってくる。
「この本の返却をお願いします」
彼はカウンターに二冊の本を置くと、すぐに整然と並んだ本棚の群れの中に入っていく。
彼の後ろ姿を見て、私は茫然としながら感心していた。
まさか利用者が現れるとは思っていなかった。
読書が好きな男子だなんて、今時ちょっと稀少なんじゃないか。
(………さて)
仕事をせねば。
彼から返ってきた二冊の本――恐らく春休み中は特別に二冊まで借りられるとかいうアレだ――のタイトルに目を通し、パソコンで返却処理を行う。
すると、男子生徒の名前も画面に表示された。
(――宮田司郎。同じ学年だ)
驚いた。
彼と同じクラスになったことは愚か、彼を見た覚えすらない。
図書の貸し出し履歴に並ぶ本の多さを見る限り、不登校とかではけしてなさそうなので、それでは相当周囲に埋没して生きている人間なのだろうか。
宮田司郎が返却した2冊をカウンター脇の本の山の上に積み、その山ごと持ち上げる。
相当な重さがあって歩きにくかったが、とても持てないほどではない。
この本の山を、それぞれ正しい棚の正しい位置に戻さなければならない。
時々本棚をじっと見つめる宮田司郎の背中を見かけながら、順調に本を戻していった。
なかなか広い図書室の中をうろうろと歩き回るのは大変だったが、努力の甲斐があって、残る本はあと一冊だ。
「えっと……医学。医学の棚……ここだ。この棚の、………………」
小声で続いていた独り言がブツリと途絶えた。
私は本棚を見上げて絶句する。
最後の最後の一冊が、本棚の一番上の段………私の身長なんかでは、到底届かない位置のものだった。
「………」
いや、これは相当背が高い人だって出し入れするのに苦労するほどの高さだ。
図書室を少し歩き回ってみると、木でできた踏み台が見つかった。
それを目的地まで持ってきて本棚のそばに置き、一番上の段まで登る。
………が、やはりキツかった。
高さがかなりギリギリだ。
(めちゃくちゃ背伸びをしたら届くかも……もうちょっと!本当にあともうちょっと!!)
踏み台の上で精いっぱい背伸びをして腕を伸ばし、全身をプルプル震わせながら本を戻す。
ようやく本の角が目的の段に少し乗り、あとは上手いこと押し込むだけになった。
(やった!あと少し…!)
あと少し踏ん張るだけ、そう意気込んで大きく息を吸い直したのが間違いだった。
――ガタッ
(――あ)
少し踏み台が揺れて、背伸びしていた足の先にビキッと衝撃が走る。
もう少しで本を戻せたというのに、ああ、ああ何ということか、本当に、ああ。
(運動不足…!)
足 が 吊 り ま し た 。
「いッ……!!」
鋭い足の痛みに思わずバランスを崩し、本を取り落とす。
わけが分からないまま関節から力が抜け、フラリと踏み台の上から倒れるように落ちた。
――ガタンッ、バサバサバサッ
踏み台が倒れる音と、その上に落ちてきた本の音が慌ただしく被さった。
勿論自分の上にも本が落ちてきて、二、三冊、角が背中を突いていった。
「いッ、たあ………」
けれど、何故かそこまで痛くなかった。
変に思って顔を上げると、どういうわけか、そこには自分を受け止めて倒れこむ男子生徒――宮田司郎がいた。
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