SIRENSHORT
□学級日誌
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夏休みを目前に控えた、ある夏の日のこと。
放課後の教室で、私は見慣れた後ろ姿に話しかけた。
「……日誌、書いてるの?」
蝉が鳴く夕方の教室、一人席について何やら悩みながらシャーペンをさ迷わせているのを、後ろから覗き込んだ。
すると、短い茶髪が振り返る。
「あっ、見るなよ!まだ途中なんだから……」
「どうせいつかは見るんだからいいじゃん。私だってそのうち日直だよ?」
「そりゃそうだけど……書いてる途中で見られんのは、なんか複雑って言うか……」
恥ずかしそうに頭を掻く彼に、私は笑った。
「分かる気がする。じゃあ次の日直まで楽しみにしとくね」
本日の日直、須田恭也。
日直のもう一人の女子は、割愛。
用事でもあったのか、彼女はもう帰ってしまっていないみたいだし、とにかく学級日誌の一番最後の自由記述欄を埋めさせられているのは彼なわけだから。
彼はブツブツと何か言いながらシャーペンを走らせている。
「えっと……も、う、す、ぐ……夏、休、み、で……」
うん、そうだね。
もうすぐ夏休み。
自由記述欄を埋めるのにうってつけなネタだ。
「……夏休みかぁ。いっぱい宿題が出るね」
「んー」
「でも、お祭りに花火大会、楽しいこといっぱいあるね……」
「だなぁ」
「恭也くんは、誰かと行く予定ある?」
「さあ?……なんか、誰かが何か言ってたかも……」
恭也くんは日誌を書くのに夢中で、生返事だ。
そんなにすごいこと書いてるのかな。
……だったら、今の私の言葉なんて、彼には聞こえていないのかも知れない。
「……私ね、好きな人がいるんだけど……」
「ん……」
「同じクラス。毎日毎日、ずっとその人のことばっかり見ててさ……その人を見てると、ダルい学校も結構ちゃんと来れちゃったりする」
「ああ……」
「でも、夏休みになると、一ヶ月以上も見れなくなっちゃうんだね……寂しい」
「……」
「……恭也くん、聞いてる?」
「だなぁ」
よし、聞いてない。
「……私の好きな人、今日の日直だよ」
「へえ……」
「お祭りとか、花火大会とか、本当はすごく誘いたいんだよ」
「そっか」
「でもやめとく。そんな勇気ないし、友達でいられるだけで幸せだから」
「うん」
依然走り続ける恭也くんのシャーペン。
ホント、何書いてんの?
「……夏休みが終わったら、またこうやってたまに構ってやってね」
「うん……」
「恭也くん……大好き」
「ん……。……よし、書けたっ!これ、この完成度!作文並み!……で?いろはちゃん、何?」
シャーペンを置いて日誌を高々と掲げ、達成感溢れる笑顔でこちらを振り向いた恭也くんに、私はにっこりと笑って返した。
「夏は暑いねって。……お疲れ様」
そう言った私に人懐っこい笑顔を返してくれた恭也くん。
ああ、やっぱり私は貴方が好きだ。
夏休みまであと数日。
恭也くんは荷物をまとめて立ち上がりながら日誌を閉じて、黒板の端に書かれた白いチョーク文字を見て笑う。
「夏休みが来るまでに日直回らないな。いろはちゃんが俺の作文見れるの、二学期になるよ」
盲点をつかれ、私は茫然として返す。
「……ホントだね」
残念だ。
私は彼の番号もメアドも知らなかった。
過ぎていった夏休み。
お祭りも花火大会も、彼とは違う別の人と行って、今頃彼は何処にいるのかとか、誰とこの夜空の大輪を見上げているのかとか、そんなことを考えて悲しくなった。
夏休み明けに見れるであろう彼の笑顔を想う。
いつかは読めるであろう、日直だった彼が日誌の自由記述欄に書いた作文並みの大作を。
ニュースを見て、新聞を見て、私は力無く頭を振る。
都内の高校に通う男子高校生が、行方不明。
両親は捜索願いを出したが、一向に手掛かりは見つからず。
ネット上では、とあるオカルト系の掲示板に行方不明者のものではないかと思われる書き込みが見つかっているそうだ。
行方不明になる前に残した書き込みではないかと。
そして二学期、学校に恭也くんは登校してこない。
学校中で噂になった。
一時期はマスコミも取材にやって来た。
報道番組の取材から、胡散臭いオカルト雑誌の記者まで。
私も捕まってインタビューされた。
気分が悪い。
ありもしない霊的現象だの何だの引っ張ってきて、恭也くんは異空間に取り込まれたんだとか何だとか。
確かに恭也くんはそういうオカルト系の話が好きだったけど、行方不明者に対してあんまりだ。
いい加減にして欲しい。
……今、私の目の前には学級日誌がある。
9月も後半になって、やっと私まで日直が回ってきたのだ。
過去のページをめくって、私はある1ページを見つめる。
男の子らしい、少し荒い字の羅列。
私の一世一代の独り言を見事にスルーしながら書いた、超大作だ。
『本日の感想:もうすぐ夏休みだ。楽しみ!夏と言えば色々あるけど……やっぱりホラーだと思う!幽霊とか、一番活発になる時期だ。ちょっとこえーけど、興味あるから色々調べてみよう。この辺は都会だからそれっぽい神社とか廃墟とかあんまり無いし、今年はそれっぽいところに行ってみたいです!あ、あと今日は、特に何もなかった。数学がむずかったです。(須田)』
『担任のコメント:夏休みの宿題も忘れないように。あと、二学期に変なモン連れて学校来るんじゃないぞ(笑)』
「……馬鹿」
こんなにアホらしいのに、泣きそうになった。
恭也くんの馬鹿。
今、どこで何してるの?
なんで学校来ないの?
宿題は?
酷いめに遭ったんじゃないよね?
あの掲示板の書き込み、すごく怖かった。
三十三人殺しのあった村。
そこに行ってしまった“SDK”。
恭也くんの名前が、アルファベットが、イニシャルが。
略せばSDKになるなんて、そんなこと。
……ただの偶然だよね?
ああ、恭也くん。
「ちゃんと……言っとけば良かったなぁ……」
好きだって。
どっちにしろ二度と貴方の笑顔が見られなくなるのが同じなら、言っておけば良かった。
どうすれば、また会えるだろう。
どうすれば、また貴方の声が、貴方の笑顔が、戻ってくるだろう。
もしまた貴方に会えるなら、私はそのためなら何だって、
そう。
貴方について面白おかしく取り上げた、胡散臭い雑誌だって手掛かりにして、私は何だってして見せる。
取材インタビューのときに胡散臭い記者からもらった名刺。
その二年後、ミステリー科学雑誌アトランティスの編集部まで乗り込んで、私は眼鏡をかけた若い男に言った。
「二年前、ここの記者から行方不明者の須田恭也についてインタビューを受けました。そういうミステリーやオカルトについて研究してるんですよね?……私にも教えて下さい」
若い記者は、29年前に全島民失踪事件が起こった夜見島の調査へ行くことを教えてくれた。
恭也くんがいなくなって二年、私も何も調べてこなかったわけじゃない。
その夜見島の話、“SDK”が向かった村の話とあまりにも似すぎている。
何か関係があるんじゃないか、なんて。
私はヤケを起こしていたのかも知れない。
「……一樹さん、私もその夜見島に、連れてって下さい」
もしかしたらそこで、恭也くんに近付けるかも知れない。
そんなことを思ったのだった。
*了*
アトガキ
続きません。
前からSDKのこんな話を書いてみたかった……!
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