SIRENSHORT
□Halloween
2ページ/2ページ
若者とハロウィン
「淳様!キャンディを高笑いしながらお札のようにばら撒くイベントがあると聞いて!!」
「ねぇよ!何だその頭の悪い妄想は!さっさと帰れ!」
やっぱりなかった。
宮田先生に言われたときはまだちょっと信じてたけど、本人に言われちゃしょうがないな。
「大体、お前みたいな卑しい庶民が神代家に何の用なんだ」
「卑しい庶民は卑しく地面を這い蹲ってキャンディを拾い集めることに従事しようと思ってやって参りました」
「だからないって言ってるだろ!大体なんで僕がそんなことしなきゃならないんだよ!」
「でも淳様、世の中にはハロウィンというものがあってですね」
諭すように言いながら、私は携帯電話を出してきた。
淳様が眉を顰める。
「何だ……?」
「淳様に確実にお菓子を恵んで頂こうと思って、私一人では弱いので恭也を呼び出しておきました」
「ハアァァ!?お前馬鹿か!?なんで須田恭也を呼ぶんだ!僕があいつ嫌いなの知ってるだろ!!」
「知ってます。仲が悪い者同士を同じ空間に封じ込めるの得意なんですよ私!」
「そんな嫌がらせで誰が喜ぶんだよ!宮田と牧野に若干同情するわ!」
お高くとまっている淳様があの双子に同情するとは……私の特技はそんなにハタ迷惑か。
「お前は須田恭也なんか呼んで何する気なんだ……」
「だからハロウィンですって!恭也と二人で押しに押してやろうって作戦なんですよ!」
「はぁ?はろういん?波浪神の間違いじゃないのか。船舶中の安全祈願の船首飾りがどうして僕に関係するんだよ。漁師だけで祭でも何でもすればいいだろ」
「……地位が高い人ってみんなそうなんですか?ハロウィンのどこをどうしたら漁師のお祭りになるんですかね」
はろうじんじゃねえよハロウィンだよ!
もしや淳様もハロウィンを知らないのか。
その時、丁度いいところに恭也が到着した。
「お待たせいろは!遅くなってごめん、マウンテンバイクパンクした!」
「また!?これで何回パンクしたと思ってんの?いい加減買い換えろ、タイヤだけでいいからどうにかしろ!」
「だってこの村って道舗装されてなさすぎじゃない?なあ淳いつになったら工事すんの?」
「五月蠅い!村の事情に口を出すな!さっさと町に帰れ!」
すごく可哀想なことになったタイヤを引き摺り、マウンテンバイクを押して来る恭也。
さっきまで乗ってたように見えたんだけど、こんな悲惨な自転車がよく漕げたな……。
「で、何だっけ?淳にお菓子貰うんだっけ。何処にもキャンディねえじゃん、いろはどんだけ死に物狂いで拾ったんだよ」
「いやそれがね、淳様多分ハロウィンをご存知ないんだよね」
「えぇ!?うっそー淳ハロウィン知らないの!?おっくれってるぅー!」
バイクを停めながら、わざとめちゃくちゃ腹が立つ口調でクスクス笑いながらオーバーリアクションを取っている恭也。
淳様は目を閉じて俯いているが、握り拳がプルップルしているので歯を噛み締めているのも分かる。
うん、恭也の態度、面白いくらいムカつくよね。
「なあ淳、今までハロウィン知らないでどうやって生きてきたの?人生の半分損してるよ?」
「う、五月蠅い!僕だってはろいんぐらい知っている!」
「ハロウィンです淳様、インじゃなくてウィンです。ほらウィンウィン言ってみて」
「お前も少し黙ってろ!」
淳様がウィンウィン言って下さらない……。
「ハロウィンは知っているが、あえてやらなかっただけだ!そんな下らない行事に参加してられるか!」
腕を組んでツーンとそっぽを向いてしまった淳様。
「そっか、淳様本当はハロウィンのことをご存知だったんですね」
「あ、当たり前だろ」
「分かりました。……恭也、やっぱり知らないって」
「可哀想になー」
「おいいろは何勝手に変えてんだ!知ってるって言っただろ!!」
「いや、今確実に“あ、当たり前だろ(訳:実は知らないんだ、教えてくれないか)”って」
「そうそう、俺にも聞こえた!“何勝手に変えてんだ!(訳:言わなくても僕の気持を分かってくれるなんていろははすごい奴だな!)”って」
「ツンデレ好きにはそういう自動翻訳機能が備わってるんですよ」
「そうそう、俺も美耶子のおかげでこの機能の精度すっげえ上がったんだよ」
「お前ら宮田に診てもらった方がいいぞ」
何気に心配して下さってる淳様が愛しいな。
翻訳機能なんか使わずともちょっとデレるとか、どんだけ上級者向けのツンデレなの……!
「ああもう淳様かわいいな!ハロウィンしましょうよ!」
「は!?かわいいってお前っ……は、ハロウィンは……」
「ほら、いろはも言ってんだからやろうよ!どうすんだっけ?……あ、そうそう、まずは上半身裸になるんだよな!」
「ハァ!?裸!?」
なんか恭也がすごいことを言いだした。
淳様がものすっごい顔をして恭也を見ている。
「お、おい須田恭也……裸って……」
「何だよ淳、早く脱げよ。実は知らなかったとか言うのか?」
「なっ……そんなわけないだろ!でもなんで僕が脱ぐんだ、お前でいいだろ!」
「何言ってんの淳、一番頭がいい奴が脱ぐって知らないの?」
「は……?」
淳様が完全に混乱し始めている。
かく言う私も恭也の言葉にビックリしたが、これは淳様の知ったかぶりを利用してやりたい放題してやろうっていう魂胆なのだと気付いた。
恭也があんまり自然に嘘を吐くから、私までちょっと騙されかけたじゃないか!
それにしても、一番頭がいい奴が服を脱ぐとか、流石の淳様でもおかしいって思うだろう。
「ま、まあこの中なら僕が一番頭がいいだろうな。お前らとは脳の出来からして違うんだよ」
えええぇぇすっごい頭悪いこと言いながら服脱いじゃってるよおおおぉ!
いつも淳様の上半身を首までしっかり隠している詰襟シャツがついに……!
ちょ、肌白っ!
どうしようテンション上がってきた!
「じゅ、淳様この野郎!お前さんええ身体しとるのぅ……!!」
「お、おいいろはどうした、気持ち悪いぞ」
「どうしたもこうしたもないですよ!ほら見てよ恭也!もやしおぼっちゃまかと思いきやなかなかいい筋肉持ってるよ!英才教育の賜物か!!」
「ふーん、俺の方がすごいんじゃない?」
おいその言葉で作戦が台無しになるのを分かれよ!
頭の後ろで腕を組みながらボソリと呟いた恭也の足を思いっきり蹴ってやった。
「いって!わ、分かったって!……さ、流石淳!神代家の男はやっぱ違うよな!」
幸い最初の方の言葉は淳様には聞こえてなかったらしく、珍しく褒めてくる恭也に「やめろ気分が悪い」とお得意のツンを見せるだけだった。
「さあて服脱いだら次は何するんだっけ?」
「馬鹿だなぁいろは、近所の家を回って“悪戯するぞ”って言うんだよ。逃げる奴は勿論追いかけて意地でも捕まえる!……だったよな、淳」
「え!?そんな変な……いや、まあ、僕がそんなの忘れるわけないだろ馬鹿だなお前」
馬鹿は貴方だ神代淳!
恭也も恭也でよくそんなスラスラと……!
大体合ってるけどちょっとした違いのせいで淳様はもう犯罪者だぞ!
もし淳様が本当にそんなことしたら面白いけど、ちょっと気の毒すぎやしないか……ああでも駄目だにやける!
「じゅ、淳様、もし出来ないんでしたら無理をなさらなくっても……プッ」
「お前、僕を見くびってるのか?その辺の家を回って村人を捕まえるくらい簡単だ!」
「えぇ〜淳くん本当かなぁ〜?」
「笑うな須田恭也!女だろうが子どもだろうが容赦なく追いかけ回す!神代の男には情けなんか不要だからな」
「ブハッ!じゅ、淳様やめて!もう……っ、もう勘弁して!!」
笑い死ぬ!
上半身裸で女子供追いかけまわして捕まえるなんて犯行予告するとか、もうどんだけ滑稽なの……!!
「あ、淳見て!あそこに亜矢子ちゃんがいるよ!!」
「何!?亜矢子待て!亜矢子おおおおおおおおおぉ!!」
ぎゃああぁ淳様ついに始動したああぁ!!
遠くの方を通りかかった亜矢子様を恭也が目敏く見つけ、指を差すと、それに気付いた淳様が上半身裸のまま全力疾走しだした。
亜矢子様はこちらに気付くなり、許婚の恐ろしい姿に「ギャー!」と絶叫して走り出した。
「ちょっ、何!?何なの!?淳どうしちゃったの!?」
「はっはっは逃げろ逃げろ!地の果てまで追いかけて捕まえてやるぞ亜矢子オオオォ!!」
「キャアアァァァ!!お母様ああああぁぁぁ!!」
私と恭也はその様を見て抱腹絶倒だ。
笑い死ぬ、笑い死んでしまう!
「よ、良かったね亜矢子ちゃん!大好きな淳に追いかけられて……っ!!」
「もう駄目、淳様が面白すぎて腹筋が死ぬ!」
二人で笑い転げてヒーヒー言った後、やっと落ち着いて立ち上がった頃にはもう淳様も亜矢子様も見当たらなかった。
「……何処まで追いかけていったんだあの人……」
「あいつ地の果てまでって言ってたしなぁ」
二人が消えていった方を見ながら言うと、恭也も私の後ろから間延びした声で言う。
あの二人はあのまま神代の敷地内を走り回って家中を騒がせるんだろうなぁ。
「……なーんか美耶子が心配になってきたなぁ」
「何、恭也も須田式ハロウィンするの?上半身裸で美耶子様追いかけ回すの?」
「美耶子が相手だと俺が裸になってもあいつには自分しか見えねえじゃん。ケルブにブッ殺されて終わるだろ」
「……美耶子の目が見えてたらやってましたみたいな言い方だね」
「まあ面白そうだし!……それより、いろはは目ェ見えるよな」
「……」
後ろで、恭也くんが何か不吉なことを言いました。
何故だろう、今ものすごく振り向きたくない。
けれど出来るだけ振り返らないと何かが終わる気がする。
(お、落ち着け私!吸って、吸って、吐いて。ひっひっふー)
そしてギギギ、とぎこちない動きで振り向けば、そこには上半身裸の変態がいました。
よし逃げろ!
「ぎゃあああああぁ!た、助けて石田巡査!ここに変態がいます!!」
「ほらいろは、早く逃げないと悪戯しちゃうぞー」
「もう逃げてるよ!お前が速すぎるんだよ化け物かお前エエェ!ちくしょうイイ身体しやがって!!」
さっき淳様に隠れて言ってたアレもあながち間違ってないな!
「じゃあ俺が捕まえたらいろはもイイ身体してるかどうか確かめるから!」
「してねえよ!してねえから!いやホントしてませんから!!」
あははと余裕な感じで笑いながら追いかけてくる半裸の恭也から死に物狂いで逃げた。
ゼーハー言いながら駆けこんだのは交番だ。
恭也はなんとか撒けたようだ。
田舎の地理に不慣れなシティボーイなんて私の手にかかればこんなもんさ!
ああ、とにかく走り疲れた。
「ハァ……ハァ……石田巡査、お邪魔します……!」
「あ、はいはいいろはちゃんね。ハッピーハロウィン!」
なんだか「ハイ」って、手慣れた様子でお菓子を差しだされた。
「え?何ですか?」
「何って……ハロウィンのお菓子だけど。飴嫌いだった?」
「い、いいえ!ていうか、ハロウィンって……そっか、そう言えばそんな行事でしたね……」
「あはは、お菓子渡さなきゃ他に何するのさ」
「まあ、ハッピを着た漁師たちが海岸で服を脱ぎ捨てて、大漁を願って半裸で魚を追いかけ回す、みたいな?」
「……それ、何処の国の話?」
一番常識人だった石田巡査に乾杯。
*了*
アトガキ
石田さんはサラッと素敵なことが出来ちゃう人だって信じてる!
淳様いじりがとっても楽しかったですw
_