SIRENSHORT

□ärztliche
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サイレンの音が耳を刺して頭の中を掻き乱す。


「……せん、せい?」


ベッドで身体を起こすと、病室は――その外も、何処もかしこも、異様な空気に包まれていた。






「ごほっ、ごほっ」

「入院、ですね」


カルテを見ながら呟く声に、お母さんが「お願いします」と言って深く頭を下げた。


「いろは、頑張って早く元気になるんだぞ」

「うん、お父さん」


私の頭をポンと撫でて励ましてくれるお父さんに頷く。

きっと良くなるからと両親の激励を受け、この初夏、私は比良境の犀賀医院に入院することになった。





私をこの医院に入院させた張本人、犀賀院長は寡黙というか、なんだか威圧的な雰囲気を纏っていて、正直怖かった。

それに比べて看護婦さん達はとても親切で優しい。

特に、河辺幸江という綺麗な看護婦さんは本当に親切で、私の病室に来てはお話の相手をしてくれた。

なんて優しい看護婦さん。


彼女の口からしょっちゅう飛び出したのは、犀賀先生の話だった。

私があんなに怖がっていた先生を、幸江さんは心から好いているみたいだった。

最初は驚いたけど、幸江さんがこんなに幸せそうに語るのだから、もしかしたら先生は、本当は…。





「注射です。左腕を出して下さい」


幸江さんがどんなに褒め称えても、私はやっぱり先生が怖かった。

看護婦さんに連れられてやってきた診察室で、私は恐る恐る左腕の袖を捲る。

泣いて嫌がるほどじゃないけど、人並みに注射は怖い。

こんな強面で無口な先生に打たれるのなら尚更だ。


「っ…」


きゅっと下唇を噛んで、逸らした目をきつく閉じていると、腕に酒精綿の冷たい感触。

ああ、次はついに針を刺されるんだと思ってビクビクしていると、低くて小さな笑い声が聞こえた。


「………え?」


目を開けて視線を横に滑らせると、私の腕を消毒しながら小さく笑う先生がいた。

私と目が合うと、「すまない」と言って小さく咳をする。

私はポカンとしながら「いいえ」と言うことしかできなかった。

この人笑えるんだ、とか、なんで笑われたんだろう、とか、なんだか優しい笑顔じゃなかったか、とか、色々考えているうちに先生が注射器を構える。


「あっ」


慌てて心の準備をして、針が腕に宛がわれるのを見ると目を瞑った。


「…終わったぞ」

「…あ、はい」


目を開けた頃には腕にまた冷たい布が押し付けられていて、私は何の痛みも感じないまま注射を終えてしまった。

不思議な感覚はあったけど、痛いとは思わなかった。

唖然として腕を押さえていると、先生が「注射が嫌いか?」と訊いてきた。

好きでもないので頷くと、先生はまた小さく笑って、「なるべく痛くないように打ってやったが」と言う。

なんだか感動してしまった私は、腕を押さえながらコクコクと頷いた。


「痛くなかったです!私…全然痛くなかったです!」

「そうか」


先生は注射器をトレイに入れながら呟く。


「これからは頻繁に注射を打つことになる…慣れておいた方がいい」

「平気です!先生が打ってくれるなら、私、我慢できます!」


幸江さんが言ってたことは本当だった。

素敵な人だった。

注射を打つのが上手だっただけと言われてしまえばそれでおしまいだけど、実際に注射を打たれた私は、それだけじゃ説明できない何かを感じていた。





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