SIRENSHORT
□鏡
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今日は教会に知子ちゃんが来ます。
昨日、私のところに来て、「明日は一緒にお話しましょう、求導師様!」と言ってくれましたから。
ですから私は教会の陽がよく当たる一室を借りて、テーブルの上にお茶やお菓子の用意をしているのであって。
それなのにどうして知子ちゃんではなく貴方が来たのか、私には全く分かりません、
………宮田さん。
「み、宮田さん?」
「ええ」
牧野は手に急須を持ったままポカンと口を開けて、目の前に立っている半身を見た。
宮田は自分と同じ顔が間抜けなことになっているのに顔を顰めつつ、持っているバインダーで周りを飛んでいた虫を軽く払った。
「……別にお茶会に参加したくて来たわけではありませんよ」
あまりにも牧野がショックを受けた顔をするので、宮田はまさかなと思いつつも一応釘を刺しておいた。
そしたら牧野が少しホッとしたような顔をしたのでそのまさかだ。
宮田は小さく溜息を吐きながら牧野にバインダーを差し出した。
「神代ではなく、前田知子さんの遣いで来たんですよ。来れないと伝えてほしいとね」
「知子ちゃんが、来れない?」
牧野はバインダーを受け取り、それを見て息を飲む。
「ね、熱ですか?知子ちゃんは大丈夫なんですか…!?」
「そこまで酷いものではありませんが、下がるまでに数日はかかるでしょう」
「それで宮田さんが伝言を…」
「そういうことです。非常に残念そうでしたが、無理をして来られても貴方は喜ばないでしょう」
「ええ…勿論です。残念ですが……お大事にと、伝えて下さい。私もまたお見舞いには伺いますが…」
俯いて言う牧野に、宮田は無言で了承する。
その沈黙が辛かったのか、牧野は俯いたまま息を飲むと、「それでは」とだけ言って踵を返す。
しかしそれを宮田が許さず、急須を持つ牧野の腕をすかさず掴んだ。
「!?…宮田さん、まだ何か……」
牧野は怯えながら宮田の腕を見る。
「…警戒しないで下さいよ。別に貴方に危害を加えるつもりはない」
「だったら…何を……」
そこで、宮田は牧野の後ろのテーブルを見遣った。
「勿体ないでしょう。丁度、私も今は休憩時間なんですよ」
(ど、どうしてこんなことに……。神は、神は私に何という試練を……!)
牧野はガタガタに震える腕でコップを持ちながら味も分からずに茶を飲んだ。
窓から差す暖かい日差しに包まれている牧野の身体は何故か真夏のように汗だくだった。
それなのに身体がひんやりと冷たい。
牧野の緊張は今、極限に達していた。
宮田はというと、牧野の向かいに座って時々牧野を見つつ悠々と茶を飲んでいる。
牧野は「自分ってこんな表情も出来るのか」と緊張しながらも冷静に彼を観察していた。
いつも自分を睨んでいる(ように牧野には見える)宮田がこのように普通の表情で目の前にいるのも珍しい。
怖いことに変わりはないが、牧野は新鮮に思いながら初めて彼をじっくりと眺めた。
すると、唐突に宮田が口を開いた。
「牧野さん」
「は、はい!?」
「…この茶、貴方が淹れたものですか」
わりと普通だった質問の内容に、牧野はまだ少ししどろもどろしながら無理に微笑みを浮かべて答える。
「い、いえ……これは、知子ちゃんが遊びに来ると聞いて教会の人が淹れて下さったもので…」
すると宮田はしげしげとコップの中の茶を眺める。
「そうですか。…おいしいわけだ」
「………」
それは、「お前は満足に茶も淹れられない役立たずだ」と暗に訴えているのか。
牧野はコップを両手で持って無理のある笑みを浮かべたままフリーズしてしまった。
「……そ、そうですね…。とても、美味しいお茶だと、思います。私には淹れられません。こんなお茶は……あはは」
「癇に障ったなら怒ればいいんですよ」
「そんなこと…っ!」
貴方が怖くて出来ません。
…言えるわけがない。
牧野は「正論ですから」と呟きながらまた無理に笑って見せた。