Replica*Doll

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「…帰ったんだね」

もぬけの殻になった二つの装置を前に、シンクが掠れた声で呟いた。

「アッシュも、レプリカも…レプリカは、あの人と一緒に帰ったって、ライガが…言ってた」
「そう…レプリカってのは実はビックリ人間の別称なんじゃない?まさか死んだのが生き返るなんてさ」

シンクは装置に近付き適当にスイッチを押して電源を切る。
装置の光が消えると、室内は何だか急に寂しくなった。

「…アリエッタは、」

ふと口を開いたシンクに、アリエッタは人形を抱いて振り返る。
シンクはこちらに背を向けたままだった。

「もし人を…オリジナルイオンを生き返らせられるなら、何でもする?」
「イオン…様を」
「あの金髪、相当レプリカに入れ込んでるよね。僕なんか一回殴られちゃったしさ」

皮肉に笑ったシンクは、仮面の下の頬にそっと触れる。

「人間の愛ってものは…そんなに強いものなのかな…“空っぽ”には分からないや…」

その時、トン、と小さい衝撃があって、シンクが後ろを見ると、床にあの趣味の悪いぬいぐるみが落ちていた。
そして腰にアリエッタが抱きついている。

「…アリエッタ?」
「イオン様を…生き返らせることができるならしたい、です…。だけど、あの人みたいに、イオン様のために何でもすることは、できないかもしれない…」
「………」
「イオン様はアリエッタにとって大切な人です…だけど、でも…シンクには、勝てない…」
「…え?」

シンクは理解できずに、思わず眉を顰める。

「シンク…アリエッタはシンクに会って、シンクが空っぽだなんて思わなかった、よ?シンクは、シンク…アリエッタはシンクと一緒にいるの、好きだから…」
「…何言ってるの、劣化レプリカだよ?導師の面影に惑わされてるんじゃないの――」
「違うもん!シンクの馬鹿!イオン様はシンクみたいに口が悪くないもん!もっと素直だったもん!」
「な…っ」
「イオン様とシンクは全然違う、シンクにはシンクの心があるもん…アリエッタは好きだよ、シンクの心」
「…そんな、アリエッタ」

そんな酷いことを言わないでほしい。

空っぽなら何も感じないでいられるのに。
この苦しみも知らないままでいられるのに、

アンタのせいで顔が熱い。

「…馬っ鹿みたい。趣味悪いんじゃないの」

シンクはアリエッタの腕を引き剥がし、ぬいぐるみを拾い上げて乱暴にアリエッタに押し付ける。

顔が熱いせいで仮面がひどく邪魔で、シンクはそれを外すと首を振った。
外気に触れると肌が気持ちよかった。

開放感を感じたついでに心も開放的になってしまったのかも知れない。

「…あとで後悔しても、知らないからね」
「!…うんっ」
「ホンット馬鹿みたい!救いようがないんだからさ。どうしようもない馬鹿」
「うん…えへへ、」

照れたように笑うアリエッタにシンクは顔を見られないようにまた仮面をして、アリエッタの手を引いて腕の中に閉じ込めた。

「仕方ないから僕が護ってあげる………ううん、何があっても、全力で、護る」
「シンク…、」

バッと身体を離すとそっぽを向いて手を差し出す。

「ほらっ、もうここは用済みなんだから!来るの?来ないの?」
「…行くっ!」

嬉しそうに手を取るアリエッタに、シンクはバレないようにそっと微笑んだ。




こんな僕にも、「好きだ」とか思う感情があるなんて思わなかった。
劣化レプリカでも、君を護ってあげることはできるよ。



イオン様を失った悲しみは大きいけれど、どうしてかな。
今ではきっと、誰よりも貴方を失う悲しみの方がきっと大きいと思う、です。





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必要なくなった装置のリモコンを手で弄び、ディスト――サフィールは椅子の上でボーッとする。

己の欲望のために生まれた、悲しい副産物。
彼らは今頃、きっとちゃんと道を見つけられたのだろう。

二の舞にならなくて良かったと、ぼんやりと思った。
視界の端には作りかけの譜業がある。

今まで、この腕で何だって作ってきた。
人間さえ、創り出せると、復元させることができると思っていたけど。

「この手で生み出したかったものは、あのような絶望では、ない…」

あの装置のそばに立って赤い髪のレプリカを見つめたとき、自分はこんなことがしたかったのではないと強く思った。

「…私の願いが、間違っていたとは決して思いません…。思いません、が」

もう二度とあんなことを繰り返せない。
ならば目の前にあるこの譜業を、自分は…。

「フフフ…今度は水中でも問題なく起動するよう検討してみましょうか。どの原理を使えば良いのか…」

カチャリと眼鏡を上げて笑みを浮かべる。

譜業は嫌いではない。
昔からの生きがいにも似たようなものだ。

ただ、もう二度とあのような過ちは犯さないでおこう。
この手からは、夢だけを。
優しい夢だけを創り出せばいいから。

「それで、貴女は怒ったりしませんよね…?ネビリム先生」

いつか貴方のように私塾を開いてみるのもいいかも知れません。
貴女をこの世に蘇らせることは出来ないけれど、人の記憶の中に残してゆくことなら容易いのだから。
いつまでも生き続けさせよう、貴女の遺志を。





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