Replica*Doll

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「………貴方、…本当に、ガイ、ですの…?」

キムラスカの首都バチカル。
その城の中で、皇女ナタリアは包帯を巻いた腕を抱き締めるようにしながら目の前の青年を見た。

「…今更、もうここに来ることはないと思っておりました。俺は…脱走者ですから」
「そんなっ…もうそんなこと、誰も咎めは致しませんわ」
「さあ?…ファブレ公爵様はどうお思いになりますかね」
「貴方がいてくれれば、ルークが命を落とすこともなかったのではと公爵は思っていることでしょう。けれど、それが本当であったにせよ、違っていたとしても、私は貴方を責めません。父上もそうですわ、そうでなければ貴方をこの城に通したりなどしなかった」

ガイは、あのルークの遺体のある洞窟から、遥々バチカルへとやってきた。
その理由は…。

「…ヴァン・グランツ謡将が、ダアトからこちらへ来ておりませんか?」
「まあ…ヴァン謡将に会いに来られたのですか?確かに、彼はつい先日こちらに来られましたわ。今は…帰郷なさっているはずですわよ」
「…帰郷?」
「ええ、ほんの少しだけと」
「…そうですか」

ホド。
………その、跡地。
かつてホドがあった場所だろう。

ガイはしばらくゆっくりと瞬きを繰り返した後で踵を返した。

「っガイ!」

たまらずに叫ぶナタリアに、ガイはぼんやりと振り返る。

「…無事で、何よりでしたわ。貴方だけでも生きていて、本当に良かった…」
「それはどうも、ナタリア様。これがルーク様だったらもっと良かったんですけどねぇ…」
「そ…そんな事…!どうしてそんな事を言うのですか!ガイらしくありませんわよッ!」

否定するようにブンブンと頭を振るナタリアを、ガイは振り向きざまにじっと見ていた。

「どうして何も言わないのです、ガイ…私が愚かですか?不変を望む私は…愚かなのですか…っ?」

大きな瞳からボロボロと零れる涙。

幼い頃、アッシュ――ルークとガイとナタリアの三人でよく遊んだ。
ナタリアは数少ないルークの理解者だった。
怖いだとか、生意気だとかいって恐れられているルークのことを「あら、とても優しい殿方だと思いますわ」とニコニコ笑ったのはナタリア一人だけ。
優しい子だった。

そして何年も経った今、久しぶりに会った彼女は相変わらず優しくて。
愚かだ。

ガイはゆっくりとナタリアに歩み寄ると、溜息混じりに笑った。

「ナタリア様、その怪我は?」

ナタリアが腕の包帯を見る。
ダアトで、難民の救助をしていたときに誤って傷付けてしまったものだ。

「これは、その…ちょっとした不注意ですわ!お気になさらないで――」
「愚かですね、ナタリア様」

ガイはナタリアの包帯が巻かれた腕を取る。
ナタリアが驚いたように顔を上げると、ガイのその表情は硬くなっていて…けれどそれをグッと抑え込むようにしてガイは笑った。

「こんな痛々しい傷は君には似合わないよ。…さっさと治すんだな」
「ガ…ガイ、貴方、女性に触れるのは――」
「怖いよ。君なら尚更だ」

ガイは頭を振って微笑む。

「全てが終わったら、またここに来るよ。君には幸せになってほしいから…昔からずっとそうだった」

ガイの震える腕がナタリアに伸びて、恐る恐る、けれどギュッと包み込む。

「年齢的にもおかしな話さ。だけどずっと…昔から、俺は君が姉さんみたいに見えてた。顔も性格もまるで違うのに、君の中の何かが姉さまそっくりだった。随分月日が流れちまったけど…君が昔のままで良かったよ」
「ガイ…」
「姉さまにそっくりな君なんだ。君には笑っていてほしいから…絶対にまた来る」

ガイはナタリアを離してにっこり笑った。

「上手く行けば最高のお土産が用意できると思うんだ」





***





バチカルを出て行ってみれば、確かにそこには、ヴァンがいた。

緑の草原の中に、ヴァンが立っていたのだ。
ヴァンはゆっくりと振り向いて、ガイを見た。

「…久しいな、ガイラルディア」
「…ヴァン」

ガイが刀に触れたのを見ても、彼は動かなかった。

「何をしに来た?」
「訊きたいことがある」

ヴァンは海を眺めたまま、呟いた。
何だ、と。

「何故ルークを作ったんだ?」
「…私の、かつての愚かしい計画のためだ」
「………それなのに、お前はアッシュがルークを殺すように仕向けたんだな…」
「私はもう、傍観することしかできない…。アッシュが自分のレプリカを憎らしく思うことは、当然だと思ったのだ」
「だから加担したって言うのか!」
「…お前は…アッシュを殺さなかったのだな」
「そうだ!俺はアッシュもルークも殺さない!!あいつらはどっちも人間として生きているべきだからな!」

ヴァンという人間は、もう、欲も何もかも失っているのだと思った。
ただ他人が作る波に流されているだけだ。

「…お前は、おかしいぞ…ヴァン、俺は、俺は…ッ、何もできなくなんて、ない…!!」

ガイは剣を抜いた。

「どうやら廃人になっちまってるらしいな、ヴァン…!俺は悪戯にあいつらの運命を壊したお前を許さない!だから俺は…今ここで、お前を裁かせてもらうからな!!」
「…どこまでも甘い男だ…ガイラルディア」

ヴァンがふらりと揺れて剣を抜いて――構えたそのとき、彼はもう廃人ではなかった。
一人の、剣士だった。





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