BOOK_NEBEL
□前
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14・喰らいたい魂(前編)
留三郎さんに貰った校門の鍵を持ち、学園の校門を目指して歩いていた。
暗闇の中に埋もれる静かな廃墟に、私の荒い呼吸の音だけが聞こえていた。
「ハァ……ハァ……っ」
小松田さんと別れて歩き出してからしばらく経っている。
(校門って……こんなに遠かったっけ……)
入ってきたときは無我夢中で霊から逃げてばかりで分からなかったが、知らないうちに随分奥まで進んでいたらしい。
帰りは予想以上に遠い道のりだった。
あとは帰るだけ。
そう思っても何故か体がだるく、なかなか前に進めない。
何人もの幽霊や悪霊に会って、命を危険に晒してきた分が、今になってドッと押し寄せてきたのだ。
体が重く、呼吸がままならない。
足を引き摺るようにしながら少しずつ前に進んだ。
俯かせていた顔を時々上げると、今まで私が駆け回ってきた廃墟の様子が目に飛び込んできた。
荒く息をしながら、その様相に内心首を傾げる。
……廃墟は、こんなに綺麗だっただろうか?
よたよたと歩きながらあちこちを見回すと、所狭しと転がっていたはずの瓦礫の量が減っていることや、学園内の建物が、わずかなヒビや焦げ跡を残して、あとはほとんど綺麗に残っていることに気が付いた。
学園だから、夜は誰もいないだけ。
朝になれば、この学園のあちこちに、元気な生徒達の姿が見られるのだろう、そんな想像さえ出来てしまうほど。
不思議な静けさに疑問を感じながら、私はようやく見えてきた校門に目を見開き、もうひと踏ん張りと言わんばかりに走り出した。
不格好に転がっていくような情けない走りだったかも知れない。
足が縺れないように気を付けながら走っていくと、そこにドッシリと構える校門の様子に気付き、立ち止った。
「……鍵がかかってる……?」
そこには、暗闇の中に更に黒く陰って見える大きな門が立ちはだかっている。
大門は木の僅かな隙間だけを残してピッタリと閉まっているし、その大門をくりぬくようにして作られた小さな扉にも閂がかかり、丁寧に鍵まで付けてあった。
「入ってきたときは……こんなの無かったのに……」
私がこの学園に入ってきたときは、大門は今にも崩れ落ちそうになっていたし、小さな扉だって、蝶番が外れそうになったままグラグラと揺れて、開きっぱなしになっていた。
それが、いつの間にこんなにしっかりした門に戻ったのだろうか。
ここに生きている人はごく僅かしかいないのに、誰が直したのだろうか。
私がここに入り、戻って来るまでの一晩足らずの短い時間で、ここまで直すことが出来るのだろうか。
私が振り返れば、来た時よりずっと綺麗になっている学園が目に入る。
これだってそうだ。
これだけ大きな学園の廃墟が、目に見えて綺麗になってきているのは何故だろう?
「……ここには、何かがいるのかな……」
ふと扉に触れた瞬間、その自分の手の周りに白い靄があることに気が付いた。
「!」
見ると、下にも靄が発生し、足元を曇らせている。
辺りを見回せば、さっきまでは無かったはずの白い靄――霧が、私を取り巻いていたのだ。
「な、何……!?」
息が苦しい。
体が重く、意識が遠のいて、眠い。
けれど、いつも霧に触れる度に感じていた寒気は無かった。
むしろ、暑さも寒さも感じない。
体から、温度も感触も意識も、全てが抜けていくような――
――バキ…ッ!!
「!!」
門から突然聞こえた音に肩を震わせ、私は慌ててそちらを見た。
すっかり元の姿を取り戻した立派な門がそこにある。
目にはそう見えている。
「あれ……?」
そのはずなのに、脳裏に勝手に浮かんだその門の様子が目視しているそれと二重に重なった。
まるで弾き飛ばされるかのように扉が開け放たれ、物騒な格好をした男達が入ってくる。
門が開けられ、男達が侵入し、学園に広がるように走っていく。
それを目で追えば、学園があっと言う間に血に染まり、火が放たれ、崩れていく様が重なった。
それは恐ろしい光景だった。
目の前にある静かな学園が、脳裏に勝手に映し出される映像では、激しく燃え上がり、バキバキとけたたましい音を立てて崩れ落ちて行く。
真っ赤な火の中に倒れていく黒い影。
全てを切り伏せながら走り回る男達と、それに対抗して戦う人の影が見えては火の中に消えていく。
その恐ろしい光景に震えが止まらなくなり、顔を覆ってそこに蹲った。
これ以上は見たくない。
もう何人もの残酷な死を、灰色の記憶の中で見てきた。
けれど、もうこれ以上、誰かの死を見ることは――
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