BOOK_NEBEL

□後
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11・雁字搦め(後編)





タカ丸さんに教えてもらって辿り着いた用具倉庫は、黒焦げているけれど、あまり崩れないまましっかりと残っていた。

早く大きな鋏を見つけて戻ろうと戸に駆け寄ったが、ガタガタと音がするだけで開かなかった。

見れば、錆びついた重たい錠が付いている。


(鍵…!?)


そんなものあるわけがない、と絶望しかけて、すぐに懐に入れた物を思い出した。

さっさと懐を探れば、沢山の鍵が繋がれた大きな鉄の輪が出てくる。

仙蔵さんから貰った鍵だ。

これで学園内の大抵の鍵は開くと言っていた。

私は錠の鍵穴を調べると、それに合いそうな鍵を探して、片っ端から突っ込んで調べていった。


やがて一本の鍵が上手く刺さり、力いっぱい捻れば、重々しい音と共に錠が開いた。


(やった!)


錠を取っ払い、ついに倉庫の扉を開く。

すんなりと開いた扉の奥は、真っ暗で何も見えなかった。

鍵を懐にしまう代わりに、今度は蝋燭と燭台、それから火打石を出してくる。

どれもこの学園で貰ったり拾ったりしたものだ。

落ち着いて手際よく火を灯すと、その光を頼りに、ゆっくりと暗い倉庫内へ足を踏み入れた。





中には、乱雑に物が置かれた棚が並んでいた。

中もあまり焼けていないようで、荒らされたような跡だけが生々しく残っている。

地面にも転がっているクナイや手裏剣、縄など、その他のガラクタを避けながら進んでいく。

その間にも、縄を切れそうな鋏はないかと見回していると、奥の方でようやくそれらしいものを見つけた。

燭台に気をつけながら両手に持ち、軽く刃を噛みあわせて確かめてみる。

少し錆びついてはいるものの、問題はなさそうだ。


(良かった……これでタカ丸さんも助かる)


ほうっと息を吐いて踵を返した時、足に何かがぶつかった。

何か蹴ってしまったと思って足元を見ると、そこに、道具とはまた違うらしい何かが転がっていた。

思わず息を飲んで後ずさる。


(まさか、これって)


――人の、骨……?


目を見開いた瞬間、倉庫の入り口の方で大きな音がした。


「!」


慌ててそちらを見ると、目の前で扉が閉まって行くところだった。


「なっ…待っ…!」


ガシャァン、と扉が閉まり、手元で煌々と光っていたはずの蝋燭の火がフッと消えた。

途端に真っ暗になる倉庫内。


「ッ…!」


身動きも出来ず、その場に固まってしまった。


(嫌……嫌、嫌嫌嫌…!)


こんなところで、人骨と一緒に閉じ込められるなんて。

震え出す足を動かそうかどうしようか迷っていると、まだ動いていない足に、また何かが当たった。


「ひ…っ!」


軽くて堅い感触が、ぞぞぞと這うように私の足を昇ってくる。

どうせ何も見えないけれど、足元を見る勇気もなかった。


………寒気がする。

まるで氷室に閉じ込められたかのような冷気。

これは、霧だ。


「返せ……」

「――ッ!」


突然耳元に響いた低い声にいてもたってもいられなくなり、足元に纏わりついた何かを払いのけるように走り出した。

すぐに棚にぶつかって倒れ込む。

燭台が大きな音を立てて地面にぶつかり、転がっていった。

地面についた手に、また堅い何かの感触。


「!」


そしてそれに重なるように、冷たい何かが触れた。


「う…ッ!」


ドクンと心臓が跳ねる。

息苦しくなって、吐き気がする。


(駄目だ、タカ丸さんを助けなきゃ……!)


慌てて手をばたつかせて立ち上がり、また走り出せば、今度は何かに躓いて転んだ。

投げ出された足にもう一度纏わりつく何か。

今度はグッと足首を掴まれて、私は引き攣った声を漏らしながら腕を動かした。

匍匐前進と呼ぶには情けない、ただもがいているだけの動きでなんとか前へ進み、鋏を掴んだ手を前に伸ばした。

鉄や木の冷たい感触ばかり手に止まる。

あとは地面だけだ。

片腕で進みながら闇雲に何かを探し続ける手が、またひやりと冷たい何かに触れた。


「返せよ……」

「!!」


バッと振り払い、体を捩って手を動かした。

すると鋏の刃先が壁か何かに触れ、祈るような気持ちで押せば、それがわずかに動いた。


(扉…!)


足を蹴るように動かして堅い何かを振り払い、立ち上がって扉に体当たりをした。

扉が簡単に開き、私の体は鋏ごと放り出される。

一緒になって湧き出た霧に気付くと、鋏を置いて立ち上がり、扉を閉めた。

その瞬間にドン!と揺れる扉。


「ひっ」


中から出てこようとしている。

ドン、ドン、とすごい力で殴りつけられる扉を体ごと使って押さえこみ、震える手で鍵を取り出して錠をかけ直した。

そっと扉から離れると、扉はガタガタと揺れたまま開く様子がない。


(……自分が死んだことに気付いてないんだ……)


霧といい、あの声といい、きっとこの中には悪霊がいるのだろう。

自分の死に気付いていれば、この扉をすり抜けてきただろう。

そんなことを考えていると本当に悪霊が扉をすり抜けてきそうな気がして、私は鋏を拾い上げて走って逃げた。















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