BOOK_NEBEL

□後
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03・求め合う影(後編)





少年が崖から落ち、地面を這いずり回ってこと切れる。

頭の中に流れるそんな情景が途切れると共に、私の体は崖の下に叩きつけられた。


「っ……」


体のあちこちを打ったが、大きな傷はなくて済んだようだ。

けれど、傷の痛みより何より、崖の下の一層濃い霧が私の体を酷く突き刺した。


「どうしてだ………早く行かなきゃ、作兵衛が泣いてる………」

「!!」


すぐそこに、地面を這う悪霊がいる。

その腰に千切れた縄があるのが見えて、彼が次屋三之助だと確信した。


「三之助くん……」


崖から落ちた衝撃で起き上がれず、私は腕の力で彼から遠ざかるしかなかった。

けれどその距離も知れたものだ。

三之助君はあっというまにこちらに迫ってきていた。

頭や腕や首、肌が見えるところは漏れなく血だらけにして、色んな方向に折れた指を揃えた手を伸ばして来る。

その恐ろしい姿に喉が引き攣って、何も言えなかった。





ギュッ、と目を瞑ってしばらく。

いつまで経っても、三之助君の手が私に触れることはなかった。


「………?」


それどころか、私を襲う寒気が少しずつ引いていく。

恐る恐る目を開き、三之助君の方を見ると、三之助君は目をいっぱいに見開いて私を見ていた。

流れていた血がすっかり引き、暗く影が落ちていた目元も今はよく見える。

悲惨に折れて焦げていた手も、今ではほんの少しの土汚れを残すところとなっている。


なんだか、正気に戻ったようなのだ。


私が茫然としていると、同じく茫然としていた三之助君が、ゆっくりと口を開いた。


「藤内と……数馬に会った……?」

「……え?」

「アンタから、二人の匂いというか……気配みたいなのを感じる」


そんなことが分かるのか。

私はまだ茫然としながら、なんとかそこに座り込んだ。

三之助君も私の向かいに座って私を見つめている。


「教えてほしい、二人は何処にいた?」


懇願するような眼差しで、声だけはやっぱり落ち着いた雰囲気で問いかけてくる三之助くん。

私は二人の言葉を思い出していた。


――先に行って、絶対にみんなを待ってるよ


私は三之助君の手を取り、そのことを伝えた。

すると三之助君は目を見開き、そして苦笑した。


「………なんだ、あいつら、先に行っちゃったんだ……そうか、だから見つからないんだ………」


三之助君は少しだけ俯いて、何かを考えていたようだった。

すぐに顔を上げると、のんびりと微笑んで「ありがとう」と言う。


「これで、オレもやっとみんなのところに行ける……」


私から手を離すと、両手で自分の腰に結んである縄を解く。

ところどころ焼け焦げたそれを取ると、そっと私に差し出した。


「これ、持ってって。何かの役に立つはずだからさ」


私が頷くと、三之助君はまた笑う。


「ありがとう。自分がずっと迷ってたんだって、やっと分かったよ……」


藤内くんや数馬くんと同じように、三之助君の体も白く光って消えていく。

私の手元にある、切れた縄を残して。



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