BOOK_NEBEL

□前
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02・寄り添う二人





小松田さんという悪霊の霧から逃げて飛び込んだ校舎の中。

荒くなった呼気を整えながら慎重にその中を歩いてみて、気付いたことがある。

………いや、気付いたと言うよりは、悟ったことだ。

利吉さんに再会する前、私は建物の石の壁がやけに綺麗だと感じていた。

学園の廃れた外観からは想像できず、廃墟と言うには勿体ないような気もするくらいに綺麗だと。

ここもそうだったのだ。

確かに所々煤けているような、焼け焦げているような跡が見えるのだが、建物の骨組みは大体残っていて、程度で言うならまだただの廃校舎くらいには言える。

最初の門に比べれば綺麗なものだ。

ただ、何となく背中をゾッとさせるような恐ろしさはここにも漂っているのだが。

無意識に腕を擦りながら歩いていると、途中で教室の名前を記した木札が残っているところを見つけた。

ほとんど焦げてしまっているが、目を凝らして見上げてみると、“図書室”という字が何とか読みとれた。


「………」


まさかとは思うが、ここで何か手掛かりが掴めたりはしないだろうか?

利吉さんからは詳しく訊けていないけど、小松田さんの悪霊が追っている誰かの情報がここにあるかも知れない。

どっちにしたって、調べてみないことには何も始まらないのだ。

そう決意して、私は思い切って図書室を開けた。


すると、私の体は突然暖かくて柔らかい光に包まれた。

まるで夕焼けのような優しい色。

何事かと思って目を見開けば、夜の廃墟の中のこの部屋にだけ、窓の外からオレンジの夕陽がそっと差し込んでいた。

思わず廊下を振り返ると、そこには先程よりも黒々とした闇が広がっていた。


「っ!」


私は今までこんな恐ろしい闇の中を歩いていたのかと思ってゾッとし、そそくさと図書室の中に入った。

……本当に綺麗だ。

ここばかりは何処も焦げていない。

本棚の中の本の一冊一冊まで、綺麗に残って並んでいた。


私が感嘆の息を漏らしながら後ろ手に戸を閉めると、そのカタンという小さい音の後、左手から「いらっしゃい」という声が聞こえた。


「ッ!!?」


私は声にならない悲鳴を上げ、みっともなく右方向に跳び上がった。

混乱しながらそっちに視線を走らせると、動揺して定まらない視界の中に、木の台と、座布団に座った少年が一人見えた。

夕焼けの図書室の中に座る穏やかな人影、そしてさっきの「いらっしゃい」の声がとても優しげで控えめだったことを思い出し、私はやっと冷静さを取り戻していった。

息を吐きながら見ると、そこには、青い忍者のような衣装を着た、狐色の髪の少年が微笑んで座っていた。


「………」


私が何も言えずに彼を凝視していると、少年は微笑んだまま「何か本を探しているの?」と首を傾げた。


――どういうことなんだろう。


私の頭は混乱していた。

怖いものはなさそうだ、なんてひとまず安心はしたが、この恐ろしい廃墟の中、どうして彼とこの部屋だけがこんなに綺麗に残っているのか理解できない。

とにかく彼の質問に答えてみようと思って、私は「小松田さんの……本とか、探してます……」なんて、かなりおかしなことを言ってしまった。

案の定、彼は困ったような顔をする。


「小松田さんの本?……小松田さん、本なんて出してたっけなぁ……聞いたことないけど、いや、でももしかしたら……」


そしてカウンターを漁り出すので、私は慌てて止めた。


「すみません!適当に言っただけなんで……ないと思います!すみません!!」

「構わないけど……あれ?そう言えば、君、見ない顔だね……?」


私はハッとして少年を見た。

私が黙っていると、少年は目を見開く。


「あ、もしかしてお客さんだった?ご、ごめん、馴れ馴れしく喋っちゃって……僕は不破雷蔵です。5年ろ組の」

「え、あ……私は、いろはです。敬語なんていいです、私こそ突然来てしまって……」

「……そう?じゃあ、いろはちゃんね。もし学園に長期滞在するお客さんなら本の貸し出しも出来るけど、短期ならちょっと難しいかな……。ああ、勿論読むだけなら自由だから、好きな本を読んでいってね」


私は呆気にとられた。

何だろう、この朗らかな少年は。

まるで普通に生きているかのようだ。

実際、この少年は生きているんじゃないかと思ったけど、よく見れば、彼の体は何処となく透けて見えるし、何だか生気が感じられない。

多分、悪霊ではないけど、彼も霊なのだ。


ただ……、


「あ!お勧めの本とかもあるよ。ちょっと待っててね」


彼――不破雷蔵はカウンターから立ち上がり、足元に積まれた本の山を退けたり、跨いだりしてこちらに歩いてきた。

私はその本の山を見つめる。


死んでいるなら、物をすり抜けて移動したりできると思う。

何ならわざわざ地面を踏むように歩かなくたっていいはずだ。

実際、さっきの小松田さんの悪霊だって、瓦礫に邪魔されて上手く走れなかった私に比べ、すいすいとものすごいスピードで追いかけて来ていた。

見ている余裕はなかったけど、きっと瓦礫も何もかもすり抜けて、地面を滑るように移動してきていたに違いない。


小松田さんと不破雷蔵くんの違いは何か。

それは多分、


「……自分が死んだことに気付いているか、いないか……」

「え?ごめん、何か言った?」


ふとこちらを振り向いた雷蔵君に、私は慌てて頭を振った。


「そう?……それよりも、お客さんなんて珍しいね。最近は生徒も全く来なかったのに」


雷蔵君は嬉しそうに笑いながら本棚を漁った。



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