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□Lucifer Item:携帯電話
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Lucifer Item:携帯電話
ある日、友達と会う約束をした。
待ち合わせ場所に到着し、携帯電話を開く。
ここは近辺でも有名な待ち合わせスポットで、周りは待ち人を探す人々でごった返していた。
私も彼らと同じように佇んで、暇潰しに携帯電話でも弄ろうと思った。
そこに、一通のメールが届いた。
それは待ち合わせ中の友達からのもので、じわじわと嫌な予感が湧いてきた。
まさかと思いつつ決定ボタンを押すと、そこには急用で行けなくなったという内容が綴られていた。
(ドタキャン……)
これがかの有名な土壇場キャンセル。
待ち合わせスポットで茫然と佇む私。
そんな私の視界の端に、暇そうな人を探してキョロキョロしているキャッチか勧誘か何かの人たちが映る。
ああいう人達には、暇人というのがすぐに分かるらしい。
お洒落でイケメンな男性が、チラシのようなものを持って近付いてきた。
私はああいうのを断るのが苦手だ。
一度話しかけられると、振り切るのに5分はかかる。
いくら暇になったからと言って、彼のような人に捕まるのは嫌だった。
どうしようか、踵を返して逃げてしまおうか。
けれど結局、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった私の耳に、遠くで電話をしているらしい男性の声が聞こえてきた。
「分かってる、反省してるよ……ああ、そうだな。だが、あのタイミングで……それならあいつが怒ることもなかったんじゃないかな」
声は穏やかだが、何やら議論しているらしい話し声が、何故か耳について離れない。
近付いてくる勧誘のお兄さんから目を離せない私の後ろから、徐々にその話し声が近付いてきた。
「分かった、どうにかするよ。あいつの前で二度もこんなことは出来ないからな。何か対策でも……」
そこで、私に近付いてきた勧誘のお兄さんが口を開いた。
「あの――」
その後に続く言葉は、“近くに新しい美容室が出来たんですけどいかがですか”とかだろうか。
それともサウナか、エステか。
どちらにしろお断りだ。
どうしようかと息を吐きかけた私の腕を、突然誰かが後ろから掻っさらった。
見れば、耳に携帯電話を宛がった男が私の腕を組むように捕まえていた。
黒いワイシャツに落ち着いた色のジーンズを履き、黒い短髪を逆立てた美形だ。
「え……」
「ああ、考えてみるよ。私に考えがあるから、心配は要らない」
私が短く声を上げてもお構い無しだった。
男は通りすがりに私の腕を捕まえ、電話をしながらそのまま歩いていった。
まるでただの通行人のように普通に歩いていくが、その腕には私の腕を絡め取っているのだ。
私は当然引っ張られていく。
「え、ちょっ」
黒い男に引っ張られて焦っている私を前に、勧誘のお兄さんも状況が理解できないようだった。
勧誘の標的が目の前であまりにもスムーズに拐われてしまうと、流石の彼らでも引き留めることは出来ないらしい。
チラシを持って茫然と佇むお兄さんに見送られ、私は謎の電話男に連れていかれてしまった。
待ち合わせスポットから離れながら、男は電話口で「ああ、ああ」と何度か相槌を打っている。
そしてやがて「それじゃあ」と言ったかと思うと、ピッと通話を切って携帯電話を降ろした。
それをジーンズのポケットにしまいながら、腕に引っ掛かったままの私を見下ろした。
「すまない、説明は後でするよ。少し急用なんだ……付き合ってくれないかな」
「え!?」
“付き合って”なんて、美形から聞くものではない。
おかげで、用事に付き合ってほしいだけだと理解するまで無駄に時間がかかってしまった。
「あの、人違いだと思うんですけど……」
「いや、君だよ」
男はクククと楽しそうに笑いながら、町の中の一郭を指差した。
そこには、学生から社会人まで誰でも入れそうなカフェがあった。
「あそこにしよう。場所を選んでいる暇もないんでね」
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