OTHERSHORT

□Blau und Grün
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家に帰ったって、そこは“もぬけのから”だ。

誰も居やしない。

両親は病気で他界した。

俺に、永遠の孤独が訪れた。

もう誰も、この家で俺の名前を呼ばない。

三年前の“あの日”から、ずっとそう。

分かりきってたはずだ。


生まれつき、俺はつくづく人間関係に恵まれなかった。

知り合う人は皆、上辺だけの中身の無い者ばかり。

腹を割って話すことなんて出来なかった。

相手の反応なんて、期待するだけ無駄だったのだから。

そのことに気が付いたのは、幸運と言うのか、憐れと言うのか…。

疲れずに済む反面、こんなに若いのに人間関係について悟ってしまったということに溜息が出る。

まだもう少し、そういうことに戸惑って青春していたかったような。

傷付かずに済んで良かったような。

複雑な心境。


(まあ、仕方ないかな…)


高校帰りのリュウは苦笑いを浮かべ、スーパーの袋をドサッと落とす。

暗く、静かな家に現れた音。

…すぐに消える。

もう一度、と思い、今度は鞄を落としてみる。


――どかっ。


この家の中で、自分以外の何かが動いているというのが酷く新鮮だった。


…電気は点けたくなかった。

静かな場所で一人、物を考えるのが好きだ。

馬鹿みたいに明るい蛍光灯は、好きになれなかった。


(そんな光で、俺を救おうとでも?)


…馬鹿馬鹿しい。

笑えるぐらい、可笑しい。


(そんな無理矢理な明かりで元気付けられても、無駄なんだよ…)


厚かましくて、偽善がましい、恩着せがましい。

居心地が悪くなる。

壁に凭れて座り、ぼーっと考え事をする時間。

脳の中で限りなく広がり、駆け抜け続ける脳内ネットワーク。

今の自分には、ろうそくの光すら眩しいだろうと思えた。

つまり、要は。


(放っといて、欲しいのかも知れない…)


きっと、自分が期待するような光など、在りはしないのだから。





パラレルボリュ_Blau und Grün





高校生って、もっと単純というか、もっと無知な生き物だったと思う。

何にしたってそうだ。

拙くて、ぎこちなくて、人生を歩むことに苦労する。

はずなのにな。

妙に何でも割り切っているというか、悟っているというか、俺は無駄に年寄り臭い。

バスに乗りながら、そう考える。

片手に持って目の前に開いた恋愛小説の内容なんて、ずらりと縦に並べられた文字達を眺めるだけで、全く読んでない。

ページは、たまに何と無く捲るだけ。

朝は、割と好きなんだけど。

それでもやっぱり、清々しい気分になれるわけでもなかった。







バスが止まり、俺はあらかじめ出しておいた定期で事を済ませ、本を手に降りる。

同じ高校に通う学生達が、楽しそうに会話する。

俺はただひたすらに本を見つめ、黙読する。

本屋で何と無く見つけて何と無く買った、男主人公の青春物語。

なんだか、生きることにすごく苦労している。

…俺には到底できない生き方だった。


「ああ駄目よ、よしてジェームスッ!
はっはっはっ、いいじゃないかマリアンヌ、減るもんじゃない。
いやっ助けてマックス!!
無駄だ、あいつはミールの池に沈んじまった。もう帰ってこない。死んだんだ。
いいえ私は信じるわ!マックスは生きてる。生きて帰ってきて、私を救い出してくれるってね!
…随分悪趣味なの読んでるじゃねーかー!」

「…勝手に小説の内容変えないでよ」


クラスメートだ。

いつも冗談ばかり言ってる、お調子者。

クラスのムードメーカー。


「ははっ、そー怒んなって!こう見えても俺は結構本読むんだ。なあ?」

「ばあか、エロ本オンリーだろお前は」

「うわ、言われちまったー」


数人の友人と共にそいつは歩いていく。

俺を置いて。

結局俺、一回しか喋ってないし。

正直ノリが掴めなかった。

さっきの少しの時間で、なんか大分気疲れしてしまった。

はあ、と溜め息を吐いて、また歩き出す。

俺が手に持っている小説には、ジェームスやマックス、ましてやマリアンヌなんて名前の奴は出てこない。







気だるい授業を四回乗り越えると、昼休みが待っている。

みんなは弁当やコンビニの袋を手に他の教室へ行ったり、机を適当に動かして集まって、昼食を始めている。

中には屋上へ向かう者もいる。

屋上で弁当、なんて如何にも今時の高校生っぽい。

そう、青春。

=俺には程遠いモノ。

俺は自分の席を動かないまま本を開いて、文字を目で追いかけながらも弁当を口にする。

耳には音楽が流れ続けるイヤホンを。

これだけでもう、俺だけの世界が出来上がる。

誰も入ってこない、何でもない時間だ。


今朝いきなり、ジェームスとマリアンヌとマックスの三角関係な恋愛小説を作ってきた男子も今は教室の教卓の所にいる。

購買部のパンを片手にまたおどけているのだ。

俺の席は前から二列目の一番端。

廊下側の席だ。

窓側はぼんやり外を眺めることが出来るので好きだが、教室で騒ぐ生徒達の熱気がここまで来ていないというような点で廊下側も中々捨てたもんじゃない。

というか、俺の席が何処であろうが、俺はそこだけは上手いこと自分の場所を作り上げて、自分だけの世界で本を読んでいたのだろう。

それだけのことだ。






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