OTHERSHORT
□記憶の鏡
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「――いいですよ、その呻き声。面白いんでもっと出して下さい…」
「い…ッ!あ……うぁ…ぁぁ…!」
ぐちゅりという音と共に跳ねる赤い飛沫。
曽良は芭蕉の左腕に鋏を突き立てて笑っていた。
「ほぅら芭蕉さん…そろそろ骨が見えてきますよ?どうですか、痛いですか…?」
「ごめ…っなさ…!曽良くんっ!ごめんなさ……ぃ…ああぁッ!」
金属と金属が擦れ合ってぶつかる音が、芭蕉の喉から絞り出された悲鳴によって掻き消された。
翌朝、左腕を庇って顔を歪める芭蕉の耳に曽良の溜め息が届く。
「あれぐらいのことで旅に支障をきたさないで下さい。弱ジジイが…」
「!…えっと、ごめんね曽良くん…大丈夫、私、歩けるから…!」
当然ですよと憮然とした顔で返す曽良に引きつった笑みを返しつつ、宿を出るべく階段に差し掛かる。
下りの階段だ、注意しようと脳の端で判断した芭蕉の手が無意識に手すりを探して触れる――が、
「つッ……!?」
それは左手だった。
曽良に気を取られるあまりに腕の怪我を忘れていた。
指先から腕へと振動が伝わり、昨日の今日でまだ塞がりきってもいない傷に衝撃が走る。
「いた…っ」
慌てて右手で左腕を庇い、丸めた背中。
曽良が目を見開いた。
「!?芭蕉さ――」
階段の方へと放り出された身体。
鞄と笠が落ちる音がして。
――ゴンッ!!
いちいち聞き取るのも億劫なほど大きな音が長く連続した後に、背筋に寒気が走るような打撃の音を芭蕉は聞いた。
……身体の節々が痛む。
左腕に激痛が走る。
けれど、身体の何処にも、先程の大きな音に当てはまる痛みは無かった。
…抱き締められている。
放心状態からそのことに気付いた芭蕉は、恐る恐る横を見た。
あの恐ろしい弟子の着物。
黒髪。
その下から覗く、薄い半紙のように白い肌。
自分の頭の下にぬるりと伝わる……
赤い、血――
「そ………曽良くんッ!!」
左腕の怪我も忘れて、芭蕉は曽良の両腕の中で出来るだけ起き上がってその身体を揺さぶった。
「ちょっと……ねえ、曽良くん?なんで…なんでこんな…ッ!」
大きな音を聞きつけて走ってきた宿主に医者を呼ぶように頼み、追い返す。
宿にいた他の者達は、そこに広がる血の量を恐れてかなり遠巻きから見ているしかないようだった。
頭から、こんなにも。
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