OTHERSHORT
□記憶の鏡
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「っ芭蕉さん、傷があります…!大丈夫なんですか、これ…!?」
弟子の曽良は芭蕉よりも背が高い。
それはきっと、ほとんど足の長さの違いなんだろうと思ったが曽良は座高も少しだけ高くて。
そんな彼の頭にシュルシュルと包帯を巻いていると、ずれて落ちた若草色の着物の袖の陰から覗いた傷の痕を見た曽良が切れ長の目を強く見開いた。
曽良が動いたせいで包帯が落ち、彼の頭に途中まで巻かれていた分も緩んでしまう。
「あ…あー曽良くん!動いちゃ駄目だよ〜」
「そんな事よりも、こんな酷い傷…!刃物か何かですか!」
「…曽良くん、」
塞がってはいるものの、まだ直視するには惨すぎる傷跡の残る左腕を曽良がギュッと握り締めている。
細くて黒い前髪がかかった彼の目は、動揺とか焦燥とか狼狽とか、いかにも「芭蕉さんが心配で仕方ないんです」なんて感情を雄弁に語ってくれていた。
そんな視線を前に、芭蕉は曽良の名前を呼んだ後、どうしてもその続きが言えなかった。
「…心配してくれてありがと、曽良くん。でも私は大丈夫だから…」
「っ…!」
曽良はもどかしそうに唇を噛んで俯いた。
そして平素の彼からは想像も出来ないような情けない声で、
「こんな僕を助けて面倒を見て下さる貴方ですから、僕だって何かしたいんです…っ。貴方が心配だから…!」
突然伸びてきた曽良の腕に、芭蕉はビクッと肩を震わせた。
そしてきつく目を瞑って叫ぶのだ。
「ごっ!ごめんなさい!ごめんなさい!曽良くんっ許して!!」
「………芭蕉、さん」
曽良の両腕は芭蕉を抱き締めていた。
けれど芭蕉はまるで叩かれる時の子供のように怯えて身体を丸くして。
「…芭蕉さんは…どうして僕が触れようとすると怯えるんです?」
「…そ、れは」
「僕を“曽良くん”と呼んで、私達はもうずっと前から一緒にいたんだよって、微笑んで優しくして下さる」
なのに、と顔を歪めた曽良の腕が芭蕉の身体を一層強く抱き締めた。
「好きなんです、芭蕉さん…ッ!たった数日でも、僕は貴方を愛したんです。きっと前の僕だって芭蕉さんを…」
「曽良くん!包帯がまだだから、」
「そんなもの要りません!これがあると実感してしまうんです…僕は“僕”じゃないと」
芭蕉の髪を撫でる曽良の手が酷く優しかった。
「愛してます、芭蕉さん…」
降ってくる声も。
ここ数日、曽良はいつだってそうだった。
そして曽良が優しく触れる度、芭蕉は泣くのだ。
「…ッ優しく……しないでぇ…っ」
――ごめんなさい、曽良くん。
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