OTHERSHORT

□VOiCE
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誰も彼も、僕を置いて逝く。

僕は、ひとりぼっちだ。


「…父上も、母上も。伯母さまも………地に還ったんだ」


切ない雪が地に積もり、眩しく光るある日。

小さな身体を丸めて蹲る少年がいた。

親を亡くし、伯母を亡くし、何度も改めた結果、最終的に河合曽良という名前に収まった。


地面ばかり見ていた。


そんな時、上から声が降ってきた。


「ねえ君、なんで下ばっかり向いてるの?」


曽良は何も答えなかった。

優しい声が少し笑って、また話しだした。


「お兄さんがいいこと教えてあげる。死んだ人は、そんなとこにいないんだよ?」

「…わかってます。みんな、もっともっと遠いところに埋められました」

「残念。身体のことじゃないんだよなぁ」


まるで謎解きの答えに間違いだとでも言うように声は言った。


「死んだ人は みーんな空にいるんだよ」

「………お空に?」

「そう。だからね、下ばっかり見てちゃ駄目だよ。空に行った君の大切な人達が、君の元気な顔を見れないでしょ?」


空に顔を見せてあげて?

自分はここでちゃんと生きてるって、教えてあげて?



………その日から曽良は、前を向いて歩くようになった。













――美しいね

君と見る世界は、とても美しい。





「曽良くん!お地蔵さん、こんな山道にお地蔵さんだよ!」

「芭蕉さん、あんまり騒ぐと熊に見つかって食われますよ」

「えっ…この山、熊出るの!?」


年寄りのくせに無駄に元気に走り回る芭蕉の後ろをついて歩く曽良は、「さあ?」と肩を竦めて目を逸らした。


「な、何だよ驚かすなよ〜。松尾ちょっと身構えちゃったよ」

「身構えたところで何が出来るわけでもないと言うのに、この弱ジジイ…」

「失礼だな君は!今日も絶好調で失礼だよ!!」


マーフィーくんをぶら下げた鞄の取っ手をギュッと握りしめて頬を膨らした芭蕉はツイと踵を返して歩きだしてしまう。

曽良はそれを見てまた歩き出した………が。


「っ、ごほッ…!?」


一歩、足を踏み出そうとした曽良の喉を何かが遡り、噎せた。

反射的に口を押さえた手を離して、掌をそっと見つめてみる。

………小刻みに震えている。


「………風邪だな」


心がざわざわするのを抑え込むように呟いた。





「はぁ…なんか急に疲れてきちゃった。ねえ曽良くん…山の中腹にあるっていう宿ってさ、あとどれくらいで見えてくるのかな…?」

「知りませんよ。そもそも、最初から飛ばし過ぎる貴方がいけないんでしょう。この山は三合辺りからがきつくなるという麓の村の人の話を忘れたんですか?」

「わ、忘れてなんか…っ!ただ何となく今日は調子がいいから大丈夫かなとか思っちゃって…」


杖を突いてゼーハー言いながら山道を登る芭蕉に曽良が溜息を吐く。

もうすぐ日も暮れるし、野宿も考えなければならないかも知れない。

全く、今日は調子が良くないと言うのに…。


曽良が顔を顰めたその時、急に芭蕉が「あぁーっ!」と明るい声を出した。

見ると、少し先に進んだ芭蕉が道の向こうを指差している。


「あった、あったよ曽良くん!宿屋、すぐそこにあったー!!」


その言葉に「そうですか」と簡単に返し、曽良は歩を進める。


「良かったぁ…もうこのままだと松尾、パンらはぎになっちゃうとこだったぁ」

「グダグダ言ってないで歩いて下さい」

「もー、冷たいんだからなぁ…」


そして芭蕉に追いついた曽良は、師匠の後を歩くという概念は全く無視で、止ろうとしなかった。

それを見た芭蕉が怒り顔になって文句の一つも言おうとしたときだった。


「もう、曽良く――」


続きは言えなかった。


曽良は急に視界が下にズレていくのを見た。

芭蕉は目の前で曽良の身体が落ちていくのを見た。


曽良は、倒れた。


「………っ曽良くん!?」


ドサリと地に伏した弟子に、芭蕉は驚いてそばに屈む。


「ど、どうしたの!?ちょっと…ねえ曽良くんっ?」


曽良は倒れたまま視界に映る師の足をぼんやりと見ていた。

しかしついに動くことも話すことも出来ず………目を閉じた。





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