OTHERSHORT
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人生、どこに思わぬ幸運が転がっているか分からない。
黒子は、あれから落ち着いたいろはに仕度をさせ、買い物に連れていった。
主に夕飯の材料と日用品を買うためだ。
ただの買い出しも、幼いいろはにとっては大きなイベントで、いろはは黒子に手を引かれながら、キョロキョロと興味深そうに周りを見回していた。
大きな目で店先の商品を見つめる様子に破顔しつつ、黒子は脳内で検索をかける。
「えっと、買い物は……これで全部ですね。忘れている物はないはずです。……それにしても、どうしましょう、コレ」
色んな店で買い物をした結果、黒子の手には福引きの券が握られていた。
3000円分の買い物で、福引きのマシンを一度回せるらしい。
数枚の券を合計すると、福引き二回分になった。
「二回まわせるみたいですね……」
丁度、そんな黒子の前方に福引きの屋台が見えてくる。
ガラガラとマシンの中を小さな玉が転がる音と、店員の元気な掛け声、賑やかなベルの音が聞こえてきた。
「おにいちゃん、あのガラガラできるの?」
「はい、二回できます。いろはさん、回してみますか?」
「うんっ、いろはとおにいちゃんで一回ずつ!」
「分かりました」
何故かちゃんと一回ずつ配分するいろはに目を細めつつ、黒子は福引きの店員に券を出した。
けれど、後から来た主婦がスッと前に出て、黒子より先に店員に券を渡してしまう。
「……」
無言で立ち尽くす黒子と、それを不思議そうに見上げるいろは。
主婦がマシンを回して残念賞のティッシュを受け取っていくと、黒子はもう一度福引き券を出した。
「あの、これ……」
「スミマセーン!福引き一回お願いしまーす!」
「はいどうぞー!」
やたら声のでかい女性にまたしても割り込まれ、威勢のいい店員も、またしても黒子をスルーする。
「……おにいちゃん、じゅんばんぬかし、だめだね」
「ですね」
ムッとして言ういろはに、黒子も生気のない声で返した。
それからも数人に割り込まれ、やっと人足が途絶えたところで、黒子が少し大きめの声で「あの、すみません」と言うと、店員がやっと気付いて福引き券を受け取った。
「ハイ!二回分ですね!」
まるで、黒子がたった今来たばかりの客であるかのように、平然と振る舞う店員。
本当に、今の今まで気付かれていなかったのだ。
(もういいです……)
怒る気も起こらず、黒子は買い物の荷物を台に置くと、こちらに両手を伸ばしてピョンピョン跳ぶいろはを抱っこした。
小さないろはを抱っこする黒子に、店員が「可愛いですねぇ」と笑う。
いろははやけに緊張した面持ちでマシンのレバーを握り、グルグルと回した。
コロンと飛び出した球は、真っ白だ。
「あらー、残念ですねー!ごめんねお嬢さん、この中から一つ選んでくださいね!」
残念賞になると、子どもにはティッシュではなく飴をくれるらしい。
小さなバスケットに入った飴の中から、いろはは可愛らしい包装の飴を一つ選びとって、店員に「ありがとう」と照れながらお辞儀した。
次は黒子の番だ。
「いろはさん、本当に二回まわさなくていいんですか?」
飴を大事そうに持って頷くいろはに、黒子もマシンのレバーを掴む。
そしてクルクルと回し、一つの玉が転がり出た瞬間。
カランカランカランカラーン!!
「大当たりー!!おめでとうございまーす!!」
突如鳴り響いたベルの轟音と、店員の叫び声に、いろはの肩が震え上がった。
素早く黒子の足にしがみつき、ぎゅっと抱きついて縮こまっている。
怯えているいろはを見下ろして気遣っていると、店員が封筒を差し出してきた。
お祝い用の飾り紐がついた、立派なものだ。
筆書きの文字で“一等賞”と書かれている。
ざわめく人混みの真ん中でそれを見つめた黒子は、足にしがみついたままのいろはを見下ろした。
両親の仕事が長引いたせいで水族館に行けなかった、可哀想ないろは。
そんな彼女を、少しでも喜ばせてあげられるかもしれない。
おずおずとこちらを見上げてくるいろはに、黒子は優しく微笑んだ。
「……いろはさん。もっといいとこ、行っちゃいましょう」
その言葉に、いろははキョトンとして首を傾げた。
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