OTHERSHORT
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黒子がいろはに説明した“病院”は、灰色に埋め尽くされた場所だった。
いろはが知っているであろう病院の白いイメージとは全く違う。
冷たい金属の灰色ばっかりの空間だ。
「……はい、至って正常ですね。黒子テツヤ、問題なく起動していますよ」
そこだけはまるで病院のような、白衣を着たメガネの女性が言って、傍らの機械のスイッチを押した。
そこは管制室のようになっていて、機械がズラリと並んでいる。
壁の一面に張られた厚いガラスから隣の部屋が見えて、その部屋の真ん中辺りに置かれた大きな装置の蓋が音もなく開く。
部屋のドアから、作業服を着た男が数人入ってきて、装置の中から起き上がって出てきた黒子のそばに寄った。
その様子を眺めながら、白衣とメガネの女性が、唇にボールペンのヘッドを押し付けて唸る。
「うーん……あのロボット、ちょっと毛髪硬いんですかねぇ。数時間カプセルに寝かせてただけであの寝癖ですか」
「リアルに近づけすぎましたかねぇ。持ち主が面倒臭がって仕方ないでしょう、あれじゃあ」
そう答えたのは、女性の後ろの方に立って腕を組んでいる、男の技師だ。
ガラスの向こうで作業服の男たちと言葉を交わしている黒子の水色の髪は、見事に爆発していた。
とんでもない寝癖だ。
「男ならやっぱり毛髪硬めでしょう。俺みたいなサラサラヘア、女々しくてしょうがないですよ。将来ハゲやしないかって不安でしょうがないし」
「アンタはどうか知らないけど、ロボットはハゲないんだから関係ないですよ」
「いや、アレも強く引っ張ればちゃんと抜けるんですよ?抜けやすくても問題だけど、抜けないってのもちょっと嫌でしょう。利便性は求めつつ、やっぱ少しでも人間に近くしとかないとね」
「まあとにかく、家に帰す前にあの髪形はどうにかさせましょうよ。やる気ないロボットだと思われたらヤでしょ……」
「髪型って言うか、顔も結構やる気ない感じしてますけどね」
そう言って笑う男の技師に、女は椅子のキャスターを使って振り返りながら「えーっ?」と言った。
「いいじゃないですか、ああいうのがいても。大体、技師に男が多いせいで暑苦しいロボットが多くて嫌なんですよ。筋肉ヤバいですよ……。ちゃんと顔が整っててカッコいいからいいんですけど、自分たちの理想を押し付けすぎっていうか。黒子テツヤは平均的な感じにつくってもらえましたけど、身長190cmとか200cmクラスとか、あんなの作ったのを見たときはどうするのかと思いましたね。部屋の鴨居とか天井にしこたまぶつけて、頭のないボディと生首とかが返ってきても仕方ないですよ」
「ウチのロボットは優秀だから、天井も鴨居も瞬時に認識して、ぶつからないように避けるって処理をやってのけますよ、勿論」
「……この前、おでこぶつけてメンテナンスに出されたロボットいませんでした?」
「……アレはちょっと……前髪が長すぎたんですよ。前髪に邪魔されて、人工網膜が障害物を認識できなかっただけで」
「しかも、トラブルの原因になった前髪も、どうにかしないまま持ち主に返したっていう」
「仕方ないじゃないですか。ロボット本人が、持ち主がこの髪形を褒めてくれたから切りたくないとか言って聞かなかったんですよ。ロボットとは言え、200cm超えの男にそう言われたら、なかなか無理強いはできないですよ……」
「自分たちがつくったモノに振り回されるって、悲しくないですか?」
「自分たちがつくった無機物が、この手を離れて自我を持つ感じは……まあ怖い気もしますけど、やっぱ感動するのも事実なんですよ。こんなもの作れる俺たちスゲー!って感じで。マッドすぎるかもしれないですけど、やっぱ魂がね、騒ぐわけで」
「気持ち悪いわ……理解できないですよ……」
すっかりドン引きした様子で女が言う頃には、ガラスの向こうで黒子が作業服の男たちに座らされ、爆発した寝癖をあの手この手で直してもらったところだった。
男たちにペコリとお辞儀をした黒子が部屋を出ていく。
「……あのロボットが行ったのって、共働きの夫婦のところでしたね。子どもの面倒を見させるって。まあ、あのロボット自体、子どもっぽいところも結構あるんですけど……他のロボたちに比べたら、うってつけかも知れませんね」
「まあね。他の奴らはどこの最終兵器?って感じで、子どもが逃げ出しそうなのが多いですし」
「……どうなるんでしょうね。ちゃんと役割は果たしてくれるはずですけど……」
「……黒子テツヤも、アレで我が社では結構古い方ですもんねぇ。会社の歴史はまだまだ浅いですから……アレがどうなるかってのも、これからのロボット製造の方針とかに色々と影響してくるでしょうね」
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