OTHERSHORT

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いろはの家で暮らすようになってから、一週間が経った日のことだった。

ベッドのそばの椅子に座り、昼寝するいろはを見つめていたら、黒子の脳に命令が下った。


『本プログラムが起動されてから、一週間が経過しました。人間名称・黒子テツヤ。型名・BS-KSR11-TK6は、動作確認のためメンテナンスを行ってください』


人間で言うなら、いきなり脳内に直接、人の声が入ってくるような感覚だろう。

元々プログラムされていたアラート機能に反応して、黒子は持っていた本を閉じた。

いろはが、黒子が退屈しないようにと父親の書斎を案内してくれて、そこの本棚から借りているものだった。


(……メンテナンスに行かなければ)


ごそごそと動いた黒子に、昼寝の時間が終わりに近付いていたいろはが気付いて目を開ける。

眠そうな目を擦りながら起き上がった。


「おにいちゃん……?」

「いろはさん、おはようございます。起こしてしまいましたね……すみません」

「ううん……だいじょうぶ。おにいちゃん、どうしたの?」

「……ちょっと、家を空けなければいけないんです。僕の体が健康かどうか、病院に行って調べなければならないので。検査です」


そう言われたいろはは、途端に不安そうな顔になって頭を振った。


「……おにいちゃん、行っちゃうの?」

「少しだけです。すぐに戻ってきますよ」

「い、いや……っ、おにいちゃん、行かないで……」


ベッドから身を乗り出して服を掴んできたいろはに、黒子はゆっくりと事情を説明して、説得した。

黒子が真摯な態度で対応すれば、もともと素直ないろはは、俯きながらもしっかり頷いて、「わかった」と言ってくれた。


「いろは、おるすばんできるよ」

「いろはさんは偉いです」


頭を撫でてやると、いろはは寂しそうに眉を歪ませて瞳を潤ませながら、それでも笑う。


「うん……」


寂しくて仕方がないのに、それでも褒めてほしくて、必死に我慢する。

いつも、両親のせいで独りぼっちにされてきた理不尽な孤独。

そのせいで、哀れなぐらい物分かりが良すぎる子になっていることを、黒子は本当に可哀想だと思った。


いろはが乱暴に涙を拭ってベッドから降り、黒子を玄関へと連れていった。


「おにいちゃん、気をつけてね」

「はい。すぐに済ませて帰ってきます」

「うん!いってらっしゃい」

「行ってきます。……いろはさん」


ドアを開けたまま挨拶したが、寂しそうな笑顔でこちらを見送ってくれるいろはのそばに膝をつき、ぎゅっと抱きしめた。


「……!」

「……」

「おにいちゃん……」

「……いろはさん、すみません……」


困ったことだ。

自分はロボットなのに。

どれだけ脳内で検索をかけても、言葉が見つからない。

いろはを抱きしめて、それから、何も言える言葉が見つからない。

不思議そうにしていたいろはは、それでも嬉しそうにぎゅっと抱きついてきてくれた。


「おにいちゃん、わるくないよ。いろは、ちゃんとおるすばんできるんだよ!」


明るい笑顔で言ったいろはに、黒子は微笑みながら頷いた。


「はい。いろはさん……行ってきます」


もう一度そう言うと、いろはをそっと放して家を出た。















ドアが閉まると、夕方が近づいた家の玄関は真っ暗になっていた。

閉まったドアを見上げて、いろははポツリと佇んでいた。


黒子が行ってしまった。


黒子は検査に行くと言っていた。

特に体に異常があるわけではないが、それでも念のため、調べにいかなければならないのだ。

いろはも、ときどき親や親戚に病院に連れていかれて、いろはの体が健康かどうかを調べてもらうことがあるからよく分かる。

大人の人に言われなくても、自分でちゃんと“検査に行く”と言った黒子はいい子だといろはは思った。


裸足で玄関におりて、黒子が出ていったドアにそっと手をぺたりと触れると、とても冷たかった。

空気に触れて冷えた金属の、平べったくて硬い、無機質な感触。

そこに頭を預けて凭れかかると、ぺったり触れた頬や腕が冷えて、どうしようもなく寂しくなった。


「おにいちゃん……」


さっき引っ込めたはずの涙がじわりと滲んで、溢れてくる。


独りぼっちで置いていかれる感覚には、いつまで経っても慣れない。

もうこのドアから何度も両親を見送った。

何度も独りぼっちにされた。

なのに、そのたびに寂しいと思う気持ちはどうしようもできない。

頑張って、笑顔で黒子を見送った。

でも、もう限界だ。


「っ……おにいちゃん。おかあさん……おとうさぁん……!」


もう我慢できなかった。


今まで一生懸命、大人の言うことを聞いていい子にしてきた。

頑張るたびに「いい子」と褒めてもらえるけれど、嬉しいのはそのときだけで、あとはまた独りぼっちになって、寂しい思いをするだけだ。

こんなにきちんとして頑張っていても、結局は独りぼっちだ。


ドアに縋って泣き続ける。

自分の部屋に行っても、リビングに行っても、自分を慰めてくれるようなものはない。

あるとしたら、このドアからきっとそのうち帰ってきてくれるはずの存在だけだ。

黒子、父親、母親、ときどき来てくれる親戚。

この寂しさから少しでも早く救い出してもらえるように、ドアにぴったりとくっついて待っていた。














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