OTHERSHORT
□ワレモコウ
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(……いやー、まさか気付いてないとは思わなかったなぁ……)
清々しい笑顔で背もたれに寄りかかりながら、ちょっと気が遠くなるような気分になった。
黒子のことを全く知らない人ともなると、そうなってしまうらしい。
自分も黒子の影の薄さは知っているし、よく見失ったり気付かなかったりするが、彼女ほどではない。
好きな人や気になる人はよく視界に入るし、ついつい視線がそっちに行ってしまう。
そんなものだ。
(惚れた弱みって言うか……)
黒子のことが好きな分だけ、そういう好き好き補正みたいなものが働いて、人よりちょっとだけ、黒子の存在を見つけやすくなるのかもしれない。
(それにしても、元気そうで良かったなぁ)
久しぶりに会った彼女のことを思い出しながら、テーブルに置きっ放しにしていたシェイクに手を伸ばした。
それと同時に、隣から腕が伸びてきて、いろはのことを捕まえる。
物理的に動けなくなると同時に、いろははビックリして固まった。
今、隣にいるのは黒子だけだ。
ギギギとブリキのおもちゃのようにそちらを見ると、横からいろはを抱きしめた黒子が、甘えるようにいろはの肩にちょこんと顎を乗せていた。
「黒子くん……」
びっくりしながら呟くいろはに、黒子が少しムッとした不満げな表情で、ほとんど日焼けしていない白い頬を膨らませる。
「……すいません。正直、妬きました」
ぷくっ。
柔らかそうなほっぺた。
眉間に少しだけ寄った皺。
とんでもなく可愛い表情だ。
そしてやっぱり不満そうな声。
いろははたまらなくなった。
「〜〜ッ!黒子くん、かわ、……ッ!う、ごめん……!」
多少なりとも怒っている男を相手に“可愛い”はあんまりだ。
いろははなんとか我慢して、そして放置していたことを謝った。
謝りながら机に突っ伏す。
黒子が不意打ちでキュンキュンさせてくるのがいけない。
「黒子くんごめんね、ほったらかしにしちゃって……」
なんとか落ち着いて顔を上げたいろはに、黒子が椅子のヘリに手をついて顔を近付ける。
「今日は僕とお出かけしてるんですから、僕の方を見てくれなきゃイヤです」
「〜〜ッ!!」
いろははまたしても撃沈した。
(黒子くん……!なんでそんなに可愛いの……!!)
そう。
黒子は、近い。
近い上に、甘い。
ただのクラスメートだった頃は淡々としているイメージだった黒子が、ひとたび付き合うようになると、何かとそばに擦り寄りたがる小型犬のようになってしまった。
いろはの誤算だったのだが、それはそれでまたいいような、何とも嬉しいものだった。
「いろはさん、大丈夫ですか」
机に突っ伏して震えているいろはを覗き込むようにして言う黒子に、いろははのろのろと顔を上げて応えた。
「だ、大丈夫……」
いろはの女としての沽券に関わるぐらい黒子が可愛い。
沽券とかどうでも良くなるぐらい黒子が可愛い。
鼻血が出ていないのが不思議になるぐらい黒子が可愛い。
「黒子くん、次はどこに行こっか……?」
なんとか笑みを浮かべながら、マジバを出てからの予定を訊くいろはに、黒子が考えながら言う。
「そうですね……行きたかった大体の場所は、もう回ってしまいましたし……。いろはさんは、どこか行きたい場所はありませんか?」
「んー……私も、見たいものは黒子くんと一緒に全部見ちゃったしなぁ……」
「それなら、公園に行ってみませんか?ストバスのゴールリンクが置いてある公園が近所にあるんです。それ以外は特に何もないところなので、もしかしたら退屈かもしれませんが……」
バスケ部に入っている黒子の影響で、いろはもバスケについて色々と知識を蓄えてきてはいるが、それまではバスケのことをほとんど知らなかった。
元々バスケに興味がなかったいろはのことを思ったのか、不安そうな黒子に、いろはは頭を振った。
「ううん!最近はルールにも詳しくなってきて、どんどんバスケが好きになってきたんだよ。見るのも楽しいし、そのうち自分でもやってみたいかなって……下手かもしれないけど」
「そんなことないです。僕も自慢できるほど上手くないんですけど……それでも良ければ、いろはさんに教えます。いろはさんならきっと上手くなりますよ」
「本当?やった!」
グッと拳を握ったいろはは、食らえと言わんばかりに黒子に言ってみた。
「私……どんな場所でも、黒子くんと一緒だったら楽しいよ!」
ここで少しぐらい、自分も可愛いところを見せたい。
そう思って言った台詞だ。
本音には間違いないが、本当なら恥ずかしくて言えっこないようなことを、思いきって言ってみた。
なんとか笑顔で言いきったいろはに、黒子は無言のまま固まった。
(あれ、もしかして引かれた……!?)
途端に不安になる。
何も言えず青ざめていると、そんないろはを、黒子が突然ぎゅーっと抱きしめた。
「わっ!?えっ、黒子くん!?」
驚き半分、ドキドキ半分で慌てながら言うと、いろはの肩に顔を埋めた黒子が、「すみません」とこもった声で言う。
「今、見せられる顔じゃないので……」
「え、どんな顔……?」
「すごく情けない顔なので、勘弁してください……」
横目でなんとか見えた黒子の耳が、ほんのりと赤い。
(もしかして、恥ずかしかった……?)
それなりに効果てきめんだったのかもしれない。
嬉しいような、恥ずかしいような。
自分まで顔を赤くしながら、いろはは周りに変な目で見られていないかとキョロキョロ辺りを見回した。
だが、黒子のミスディレクション能力はさすがだ。
今はそばにいて密着しているいろはにも適用されているらしく、誰もいろはと黒子を見ていない。
(良かった……)
ホッと胸を撫で下ろしていると、黒子がいろはに抱きつきながら、頭をすりすりと近付けて、更に密着してきた。
濡れたような悩ましい声で、
「いろはさん、ホント好きです……」
「……!!」
甘えんぼ、ここに極まれり。
甘いセリフに、いろはは今度こそ陥落した。
「黒子くん……!私も、ホンットに好き……!」
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