OTHERSHORT
□ワレモコウ
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きっかけは、高校に入学して同じクラスになったことだった。
いろはは黒子の、影が薄いながらも優しくて意思が強い、そんなところに惹かれていった。
いろはがいつも教室で見る黒子は、本を読んでいるか、真面目に授業を受けているか、居眠りをしているか、大体がそのどれかだった。
放課後はバスケに打ち込んでいると聞くし、恋愛事には興味がないんじゃないかと思いながらも、いろははどうしようもなく黒子を好きになってしまっていった。
そしてある日、玉砕覚悟で思いきって告白して、「僕も、ずっと前から君のことが気になっていました」という意外な返事をもらい、付き合いだして今に至る。
付き合えば今まで以上に相手の色んな面が見えてくるが、いろははそれでもますます黒子のことを好きになるばかりだった。
例えば、黒子はその見た目通り、お付き合いにも淡白なのかと思いきや、案外そうでもないところとか。
そんなところだ。
とある休日のことだった。
黒子の部活も休みということで、二人で外出中、休憩がてらマジバに立ち寄った。
カウンターでバニラシェイクとストロベリーシェイクを注文して、席に移動する。
「思ったより混んでますね……」
「うん……。あっ、ここ!四人席だけど、他に空いてないし……座ろっか」
そう言ったいろはが、四人掛けのテーブルを見つけて椅子に座る。
すると、バニラシェイクを持った黒子が隣の椅子を引いて座った。
「……えっ、隣!?」
「だめですか?」
こちらを向いて、コテンと首を傾げた黒子。
なんだか寂しがっている小犬のように見えて、いろははグッと息を飲み込みながら頭を振った。
「だっ……だめじゃない!全然オッケー!」
なんだか黒子は……いろはが想像していたよりもずっと、近い。
(付き合う前は、もうちょっとドライな感じの人だと思ってたんだけどな)
けれど、大好きな人と近くにいられて嬉しくない人はいない。
嬉しい誤算に、いろはは頬を緩めながらストロベリーシェイクを飲んだ。
「んー、美味しい!」
「いろはさんはいつもストロベリーシェイクですね」
「そういう黒子くんも、いつもバニラシェイクだよね」
「好きなので……」
そう言って自分のシェイクを見つめた黒子が、それをいろはの方に差し出しながら首を傾げた。
「飲んでみますか?」
「ッ!?」
思わず吹き出しかけたいろはは、慌てて口を押さえながらワナワナと震える。
「なっ、それって……!」
「はい。間接キスです」
なんだかちょっとドキドキしますね、なんて、いつも通りの飄々とした表情で少しだけ頬を染めている黒子に、いろはは無言で固まった。
(直球ストレートで“間接キス”とかハッキリ言われちゃった……!)
「く、く、くろ、くろこ、くん……!」
「その代わり、いろはさんのも少しだけ下さい」
ガッチリと硬直しているいろはの手からシェイクを取ると、「いただきます」と呟いて飲む黒子。
黒子が口を付けたストローの中を、薄桃色のシェイクがゆっくりとのぼっていく。
いろはは、自分の顔がまるでメーターのように、それと同じスピードで熱くなっていくのを感じた。
黒子がストローから口を離して「美味しいです」と目を細める頃には、いろはの熱は頭の頂点まで達していた。
「くっ、黒子くん……!」
「はい?」
落ち着いた声で返事をする黒子の手からバニラシェイクを取って、ドキドキしながら飲んだ。
……甘い、ような気はする。
なんとなく口の中に甘さが広がってるような気がするが、ドキドキしすぎて分からない。
「お、美味しい、のかな……?」
「……口に合いませんでしたか?」
ちょっと残念そうにしている黒子に、ブンブンと頭を振った。
「う、ううん!ううん!美味しい!ストロベリーを飲んだばっかりだったから、ちょっとすぐには味が分からなかったかなー、うん!でも美味しい!」
「そうですか、良かったです」
慌てて明るく言ったいろはに、黒子がホッとしたように息を吐いた。
そもそも、まだ黒子とはキスをしたことがない。
手は繋いだことがあるが、ハグはまだだ。
お互いしがない高校生で、ハグだのキスだのできるシチュエーションだってかなり限られている。
学校や外で、白昼堂々するものでもない。
せいぜいが、一緒に歩いているときにちょっと手を繋ぐぐらいだ。
いろはが顔の熱を冷ますようにシェイクを飲んでいると、ふと目の前に第三者がやってきた。
「あれっ、もしかしていろは?」
「え?」
シェイクを離して顔を上げると、そこには中学時代の同級生がいた。
「あっ!久しぶり!」
「久しぶりー!元気?」
「うん!こんなところで何してるの?」
「このあと友達と待ち合わせなんだけど、それまでちょっと時間あるから暇つぶし!」
そう言いながら、いろはの向かいの椅子を引いて座る友達。
「いやーいろは、ホント久しぶりー!なんか大人っぽくなった?」
「そうかな?久しぶりって言ってもほんの数か月だし、そんなに変わらないよー」
「でも髪伸びたよね」
「そっちは髪の毛切っちゃったんだね。でもすごく似合ってるよ!」
「ありがとー!」
そうやって会話に花を咲かせるいろはと元同級生。
最初は久々に会えた喜びで、話に夢中になっていたいろはだが、少しずつ異変に気付き始める。
さっき久しぶりに顔を合わせてから、もうそれなりに言葉を交わしたはずなのに……目の前の元同級生が、全く黒子を気にしないのだ。
普通ならそこそこに挨拶したところで「この人は誰?」とか訊いてくるはずなのに、彼女はスルーしたまま、いろはの方ばかりを見ている。
知らない人にはノータッチでいくタイプなのだろうか。
けれど、それでは黒子に申し訳ないと思い、いろはは隙を見て黒子の方を見た。
「黒子くんごめんね。この子、中学時代の同級生で久々に会ったから……」
そう言った途端、元同級生がいろはの隣を見て、そこでやっと「えぇッ!?」と声を上げた。
「えっ……ちょ、いろは、その人、いつからそこにいた!?」
「え?ずっといたけど……」
「嘘!?全然気付かなかった!」
目を白黒させながら黒子を見ている元同級生。
驚きながらも、何度もスミマセンゴメンナサイと頭を下げた。
「いえ、気にしてません。よくあることなので……」
そう言いながらのんびりとシェイクを飲んでいる黒子。
元同級生が何とも言えなさそうな表情をした。
「わ、私、邪魔しちゃったみたいだね!じゃあそろそろ時間だし、行くわ。じゃあねいろは!お邪魔しました!」
黒子にもペコンと頭を下げて、笑顔で手を振って去っていく彼女。
いろはが苦笑しながら見送る横で、黒子も会釈した。
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