OTHERSHORT
□mad yellow
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学校の休み時間。
バスケ部で一年生ながらエースなんて呼ばれている俺は、部活の時間までは基本ヒマだ。
早く体を動かしたい。
バスケットボールに触りたい。
コートの中を駆け回りたい。
海常高校バスケ部エースだとか、キセキの世代だなんて肩書きは俺には過ぎたものかもしれないけど、バスケへの気持ちはそんじょそこらの奴には負ける気がしない。
(あー……早く放課後になんないスかねー)
息を吐きながらポケットに手を突っ込んで、人通りの多い廊下をダラダラと歩いた。
そのとき、廊下の向こうから二人の女子生徒が歩いてきた。
どっちも普通の感じの女の子。
楽しそうに顔を見合わせながら喋っていて、俺の方には気付かない。
このままだと片方の子が俺にぶつかりそうだけど、あいにく俺の反対側にはもう壁が迫っている。
(これ以上は避けらんないんスけど……)
案の定、片方の女の子の肩が俺の腕にぶつかった。
女の子が俺に気付くなり立ち止まって、慌てて後ろに下がった。
「あっ、ごめんなさい!前見てなくて……本当にごめんなさい!」
「いや、大丈夫っスけど……君こそ大丈夫?」
「は、はい!私の方はもう全然……っ」
ぺこぺこと頭を下げていた彼女が顔を上げる。
俺の顔を見ようとしたらしいが、俺の顔は彼女の予想よりだいぶ上の方にあったらしい。
まあ俺、結構背が高いから。
驚いたような表情で俺を見上げる彼女の顔を見て、俺はしばらく固まった。
いや、何て言うか……。
(……可愛い)
心の中でそんなことを思った俺に、俺は自分で突っ込んだ。
(えッ!?今、俺、何て言ったんスか!?心の中で……えっ!?可愛い!?)
「もー、気を付けなよー」
「う、うん……」
隣の友達に肩を突かれて、恥ずかしそうに俯く彼女。
(……可愛い)
駄目だ。
自分で自分が信じられない。
そりゃあ彼女、顔は不細工なんかじゃないけど、そういうことじゃなくて……。
なんか、その顔とか、表情とか、目とか……。
彼女の全体的な雰囲気が……なんかすげぇ可愛いと思う。
「あの、本当にごめんね」
「あ、いや……こっちこそスンマセン」
俺が謝ると、照れくさそうにちょっと笑う彼女。
隣の子に「行こう?」と言われて、頭を下げながら歩いていってしまった。
俺はというと、その後ろ姿を見つめてボーっとしていた。
「……」
運命。
中学時代のチームメイトだった緑間っちじゃないけど、なんかそんな感じの言葉がしっくり来た。
(ああどうしよう、あの子めっちゃ可愛い……)
なんでこんなふうになっちゃうんだ?
多分、他の男が彼女を見ても、10人が10人こんなふうにはならないかもしれない。
大体の奴が「ちょっと可愛い」とか「普通」とか言うだけ。
それくらいのレベルの女の子だと思う。
なのに、なんで俺だけこんなふうに……。
(まさか、一目惚れ……?)
ああ、俺らしくない。
彼女ともっと話したかったな。
(あの子、何て名前なんだろう……俺と同学年?俺のクラスにはあんな子いなかったけど……)
廊下の真ん中に突っ立って考え込む俺のところに、クラスの女子が駆け寄ってきた。
「あ!黄瀬くんいた!どこ行ってたのー!?」
「え?俺に何か用スか?」
「用ってほどじゃないけどさぁ!でも寂しいでしょ!」
なんで怒ってるのか知らないけど……ってか、怒られる理由も分かんないんだけど。
でもまあ、丁度いいや。
すり寄ってきた女子に、廊下を歩いていくあの子の後ろ姿を指差しながら訊いた。
「ねえ、ちょっと訊きたいんスけど……あの子、誰か知らないスか?」
「えっ、どれ?えっと……ああ、奥山さん?」
「奥山さん?」
「奥山いろはちゃん。高校に入ってクラス離れたけど、中学校同じだったよ。……なんでそんなこと聞くの?……あっ!まさか、ああいう子が好みなわけ!?」
「いや、見たことない子だったから、誰だっけなーって思っただけっスよ」
俺の彼女でもないくせに嫉妬してくるソイツに適当に応えながら、名前を知ったばかりのあの子が歩いていった方を見つめる。
(へえ……奥山いろは、ね。うん、覚えたっスよ)
可愛い名前。
ほんのちょっと目が合って、ほんのちょっと肩と腕が触れ合って、ほんのちょっと言葉を交わしただけなのに。
ホント尋常じゃないくらい胸が苦しくって仕方ない。
おかしいな。
こんなふうに誰かを好きになることなんて、今までなかったのに。
(バスケ一筋かと思いきや……案外そうでもないんスね、俺も)
自分の新しい一面に新鮮さを感じると同時に、それよりも込み上げてどうしようもない彼女への愛情に、ただただ気持ちが昂った。
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