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□鯛焼き
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鼻の頭を赤くして、時々すんすんと言わせている三郎と色々話をしながら歩いていると、ふと通りの一郭にワゴン車が停まっているのを見つけた。

鯛焼き屋さんだ。

大きな車体に設えられたカウンターから煙が立ち、そばに立てられた旗と一緒になってたなびいている。

旗と煙を揺らす風に乗って、鯛焼きの美味しそうな匂いがここまで漂ってきた。

途端に私のお腹が鳴り、温かいものが食べたくなる。

私は三郎の腕を掴み、ワゴン車を指差した。


「三郎、三郎!お腹空かない?私、あそこの鯛焼きが食べたい!」

「鯛焼き?太るぞ」

「うるさい」


あまりに失礼な発言に、無言で下段蹴りをお見舞いしてやった。

三郎はすぐに笑って、「はいはいお姫様」とわざとらしく溜め息を吐いた。

なんで素直に「いいよ」と言えないのか……。

何をするにも、一度は私をからかわないと気が済まないようだ。

ポケットに手を突っ込んだままの三郎の腕を引っ張り、鯛焼き屋さんまで引っ張っていく。

すると、三郎がやっと空いた方の片手を出した。


「すみません、鯛焼き二つ」


二本指を立てて注文する三郎に、鯛焼き屋のおじさんが「餡子?」と訊いた。

こちらを見下ろす三郎にコクコクと頷けば、三郎がおじさんに返事をする。

おじさんがカウンター脇のガラスケースを開けた。

中は暖かくしてあるのか、ガラスが外との温度差で曇っている。

作り置きしてあった鯛焼きを二つ出し、紙に包んで渡してくれた。

代金を払ってワゴン車を離れ、私はホカホカの鯛焼きを見つめながら何となしに訊いた。


「ねえ、三郎は鯛焼きのどこから食べる?」

「んー……今は、しっぽからの気分かな」

「へえー、意外」

「そう?」

「うん。三郎のことだから、“背中から”とか言うかと思った」

「変化球すぎるだろ」


三郎が苦笑した。


いくら三郎でも、鯛焼きを背中から食べることはないらしい。

じゃあお腹から、ということもないのだろうか。

流石に野生的すぎるしね、うん。

三郎がしっぽからと言うので、私は頭から食べることにした。

手元の鯛焼きは、その生地の中から餡がすでに甘い匂いを漂わせている。

そのいい匂いに誘われるように、私は鯛焼きの頭を一口かじった。


「――あッつ!」

「いろは、火傷するなよ」

「言うの遅いよ!」


そう、鯛焼きは予想以上に熱かった。

冷たい外気に晒されて程よく冷めた生地の中には、まだまだ出来立てかとも思えそうなほどアツアツの餡が詰まっていたわけで。

口を押さえて涙目になりながら三郎を睨むと、憎たらしい彼はそんな私を見て、楽しそうに悪戯っぽく笑った。

その笑顔にドキッとしてしまうから余計に憎い。


「あーもう、これ絶対火傷した……」

「やると思った」

「だったら止めてよ!」

「熱がってるいろはチャンってのも見てみたくてつい」

「意味分からないから!」


私が怒れば怒るほど嬉しそうなのが本当に腹立たしい。


「ほらほら、早く食わないと鯛焼き冷めるよ?」

「……もう……」


残る不満を露わにしながら鯛焼きに視線を戻せば、齧った痕が目に入る。

生地の中から覗く、ぎっしり詰まった餡。

その甘い匂いに、たちまち幸せな気分になった。

機嫌が一瞬で元通りになり、それどころか上機嫌になっていくのが自分でも分かるほどにやけてしまう。

三郎にまた笑われたが、構わず食べるのを再開した。

今度は火傷しないように、ちゃんと冷まして慎重に、だ。

そしてようやく平和に、まったりと鯛焼きを食べながら歩いていると、突然三郎が「あぁっ!」と声を上げて立ち止まった。


「しまった!私としたことが……!」

「ど、どうしたの、三郎?」

「なんで二つとも餡子にしたんだろう!?私は違うの頼めば良かった……!」

「なんで?もしかして餡子、苦手だった?」


私に合わせて苦手なものを食べてくれているとなると、それはかなり申し訳ない。

深刻そうな表情の三郎の顔を覗き込むようにして言うと、三郎は盛大に溜息を吐いた。


「抹茶でもカスタードでも良かったんだ……とにかく違う味を頼んでないと、“お前のも一口頂戴”が出来ない……!!」

「……三郎って結構乙女思考だよね……」


相当な度合いでショックを受けている感じだったからかなり心配したのだが、単に食べあいっこがしたかっただけらしい。

そういうところは可愛いけれど、大したことじゃないのだからもうちょっとソフトに落ち込んでもらわないと心臓に悪い。





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