ボカロ日和

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「…福引きで僕を手に入れたんですか?」

「え!?えっと…うん、そうだけど…」


あまりにも恐ろしい目つきに芭蕉は無意識にたじろぐ。


「じゃあ貴方は、別に知識も技術も意欲もないのに僕をインストールしたんですね」

「ご、ごめん…」

「訳も分からないのに謝らないで下さい」


ピシャリと言い放った曽良がデスクトップをしげしげと眺める。


「こんな古いオンボロのパソコンにインストールして…ウイルスでブッ壊しますよ?」

「ちょッ!?確かに版は古いけど!これで年賀状とか作るんだから壊さんといてえぇ!!」

「何泣いてるんです?いい歳したジジイが情けない…」

「君がそうさせてるんだけど…!」

「だまらっしゃい」


もはや完全に打ちのめされ、ライフは風前の灯火である芭蕉。

それを見かねたように、曽良が溜め息を吐いた。


「必要ないなら何故インストールしたんですか。ディスク容量が圧迫されて鬱陶しいだけなのに…」

「だって…」


インストールすればあとは簡単に済むと言ったのは あの福引きの若い店員だ。

しかし半ば押し付けられたのかも知れないとは流石に言えなかった。

口を噤む芭蕉と、顔を顰めて ふいと逸らす曽良。


「………」


その表情に、芭蕉はハッとして身体を起こした。


(もしかして、曽良くん……)


思えばそうだ。

例えば自分は俳句を詠んでいる。

その仕事で家に呼ばれ、行ってみたら依頼人が俳句の“は”の字も知らないなんて悲しすぎる。

ましてや自分が呼ばれたのは依頼人自身の意思ではなく、興味本位や嫌々であれば尚傷付く。

それが今の彼なのではないかと、思う。


「………ごめんね」

「何ですか」


芭蕉はマウスを取ってディスプレイに向き直った。


「私、ボーカロイドってよく分からないし、機械を取り扱うのも苦手だけど…頑張ってみようと思うんだ」

「………」

「もしこのソフトに曽良くんがいなかったら私、諦めてたと思うけど…」


彼はただの機械ではないと思う。


「私、頑張って…ボーカロイド…のこと、勉強して、曽良くんを歌わせてみせるから…!」

「………」


曽良は芭蕉を見つめた後、ふと目を瞬いて芭蕉を通り抜けて遠くを見ているようだった。


「曽良くん?」

「……なるほど」

「え?」


疑問符を飛ばす芭蕉を余所に一人こっくりと頷いて腕を組むと偉そうに言う。


「まあ、折角インストールされて動けるようになったんですし……早く曲を作って下さい」

「え!?つまりそれって…ここにいてくれるってこと?」

「下らない質問はやめて下さい。ウイルスぶち込みますよ?」

「ひぃっ、やめてー!でも…その、ありがとう、曽良くん」

「無駄口叩くのは曲を作ってからにして下さい」

「う、うん…(すっごいツンケンしてるなぁ………あれ?)」


気だるげに息を吐いて顔を逸らした曽良の耳のインカムにメーターが付いている。

曽良が喋る度にその音量次第でメモリが上下しているものかと思ったのだが、メーターは二本ある。


(急にフルに点灯したこのもう一本って……)


ガサガサと説明書を出してきて黙読すると。


「……えへ、へへへ…」

「何ですか急に。気持ちの悪い…」

「な、何でもないよ!」


パッと説明書を閉まってアハハと笑う芭蕉。


(犬の尻尾みたい)


常にツンツンしている曽良のご機嫌バロメーターになっているということを、曽良は知らない。


(結構かわいい子なんだなぁ…)


インカムをピコピコとご機嫌に点灯する曽良の姿を、芭蕉は思わずニヤニヤしながら見守るのだった。




*了*

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