ボカロ日和

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「僕の名前は鬼男だから、その名前で呼んでくれるか?」

「あー、じゃあ、鬼男くんだね?分かった」


にこにこと笑って手を上げる閻魔に、鬼男はホッとする。

鬼男という名前が変わっているとよく人に言われるのだが、閻魔に関してはそれもないようだ。

閻魔本人、すごい名前なのだから。


「…そういやさっき、お前…冥界の王って言った?」

「え?うん、そうだよ?………ハッ、そうだった!お、鬼男くん、頭が高い!俺は冥界の王なんだからもっと敬え!」

「は、はぁ……?」


今の今まで忘れてただろお前、という言葉も出ない。


「ていうか、ただの設定だろ?ボーカロイドが冥界の王で、それがどうしたんだって話だけど」

「い、いいじゃん!冥界の王らしくこんな素敵な声でさ!色々出来るんだからな!」

「ふーん…。で?それじゃあ?閻魔大王さまは何がお出来になるんですかね?」


ニヤニヤと笑ってわざとらしい敬語で訊いた鬼男に、閻魔が「馬鹿にするな!」と憤慨する。

そして一つ息を吸ったかと思うと、


「生麦生米生玉子赤巻紙黄巻紙青巻紙赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ東京都特許許可局農商務省特許局日本銀行国庫局隣の客はよく柿食う客だお客が柿むきゃ飛脚が柿食う飛脚が柿むきゃお客が柿食う」

「ちょ」

「やしの実をししが食いひしの実をひひが食うカエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ月々に月見る月の多けれど月見る月のこの月の月瓜売りが瓜売りに来て瓜売り残し売り売り帰る瓜売りの声」

「まっ」

「春分の日と秋分の日の翌日は新聞は休刊ままごとしたままままよとごまかすままっ子さくら咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり」

「ちょっと待て!!分かった、分かりました!分かりましたから!!」

「にゃんこ子にゃんこ孫にゃんこひ孫にゃんこ………ん?」


さすがボーカロイドというべきか、驚異のノンブレス。

某ショタ担当の黄色い14歳涙目の最強の滑舌。


「もういいの?」

「も、もう分かりました…っ!聞いてるこっちが、息切れする…!!」

「そっか」


にこっと満足そうに笑った顔がまた無駄に無邪気で逆に憎らしい。


「ゆっくりした歌も綺麗に伸ばして歌えるし、暴走も得意だから安心しろ!」

「そ、そうですか…」


お茶を飲んで一息ついた鬼男はマウスを握り直す。


「それは安心しました。それじゃ大王、今日はこれで」

「ちょ…え!?なんでカーソルがバツ印に向かってるんだよ!?俺の気のせい!?」

「気のせいじゃありませんよ。閉じます」

「なんで!?俺を歌わせてくれないのか!?」

「仕事があるんです。またの機会にお願いしますね」


問答無用で×印をクリックすると、「鬼男くんの馬鹿ああぁぁぁ!!」という叫び声が断末魔として残った。


「はー…うるさかった。さて、仕事仕事っと…」


書類を出してきてワードを開く。

USBメモリを差して作りかけのファイルを開き、キーボードに手をかける。


「………………」


カチカチッ


仕方ないのでもう一度閻魔のアイコンをクリックしてやった。

すると作業画面が開き、蹲って目を擦っている閻魔がいる。


「…ソフトのくせに泣いてたんですか?」

「!?ちょ…何急に起動してるんだよ鬼男くん!ちょっと…心の準備が!」


閻魔は慌ててゴシゴシを目を擦って立ち上がるが目元が赤い。


「やっと曲を作る気になったか鬼男めー!」

「いや作りませんけど」


鬼男はマウスカーソルを動かして閻魔の着物の上でクリックすると、ドラッグして作業画面から出してきた。

宙ぶらりんにされたまま目をパチパチと瞬いている閻魔をデスクトップに下ろし、作業画面は閉じる。


「これでいつでもデスクトップにいられますね。仕方ないので大王はここに置いててあげます。ただ、仕事の邪魔はしないで下さいよ?」

「…!!わ、分かった!任せとけ!」


静かにしていればいいだけなのに何を任せるんだと、思わず笑ってキーボードを叩き始める鬼男。

閻魔は画面の端に座ってのんびりと作業風景を眺めていたが、


「…今この文書の字を打ってる鬼男くんの手が、いつか俺の歌を作ってくれるんだなぁ」


と嬉しそうに笑うもんだから、


「だっ、黙れこの大王イカ!!」

「だだだ大王イカ!?」


照れ隠しと共に、ここに最強の罵り言葉が完成した。





*了*

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