その瞳にひかりを

□第十二話−魂の間−
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***


なぜあれを伊后神に与えた?


威厳のある低い声が響く。男の視線の先に立つのは、華やかな着物を身につけた、まるで光に包まれたように輝く一人の女。鳥居の先を見つめていた女は、男に笑みを返した。


なぜって、もちろんあれが彼女に必要だと思ったからよ。あれはもともとそのためにあなたがつくった物でしょう?


男は女の笑みに無言を返し、本殿へと踵を返した。


つくらせたのはお前だろう。

あら、そうだったかしら?でも、ならどうして私の骨ではなくあなたの骨が使われているの?――阿修羅。


女の言葉に不機嫌そうに眉根を寄せて男はため息をついた。


私の骨でなくてはならなかったからだろう?わざわざ言わせるな。


女は男の後に続いて本殿に足を進めた。声を抑えようとせずに笑い、それが男の眉間にさらに皺をつくる。


死神があれの影響を知れば、おそらく伊后神から引き離すだろう。

それはないわ。だって、あれがないと彼女は白狐でいられなくなるもの。それに、彼女が持っていれば、妖怪の手に渡る心配もないでしょう?

この世の災厄がおとずれる恐れもないと?


女は自身たっぷりに頷き、肯定を示した。その確信のある表情に、男はまたため息をついた。


わかった、もうそのことは聞かん。代わりに月読命を静かにさせろ。鬱陶しくてたまらん。

あら、あの子まだ駄々をこねているの?まったく、子供じゃないんだから。

お前があいつの白狐を勝手に旅に出すからだ。しかも、あいつのいない間に。


そうだったかしら?としらばっくれる女。男は呆れたように女を見遣った。


天照。お前が何かするのに反対する気はないが、それで兄弟喧嘩になるのならやめてくれ。こちらも被害に遭う。伊后神もいい被害者だ。

あらひどい。


少しも悪びれる様子なく、女は男の隣に並んでその顔を見上げた。男は一瞥するだけで、特に言葉を返す気もないようだ。
長い廊下に続く広間には、白く輝く髪を持った男が女を待ちうけていた。女が姿を見せたとたんに、その表情は怒りに染まる。彼がなにか言う前に、仏頂面の男は避難するようにそそくさと足を進めた。その背中に女が言葉を投げかける。


もう彼女は伊后神じゃないわ。――伊駒桧里よ。忘れないでちょうだい。


すぐに弟に迫られる女を一瞥して、男はもう一度ため息をついた。

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