その瞳にひかりを

□第八話−灯刀の間−
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***


ろうそくの火に照らされた廊下があめ色にゆらめく。手を引かれるまま歩き続けてから数分たつが、いまだに目的地にはつかない。それほど距離が長いのか、それともただ時間がたつのが遅く感じるだけなのか、今の自分の精神力では判断できない。天照様を見上げると、それに気づいた彼女はこちらに微笑みを向けてくださる。それで不安が吹き飛ぶわけではないが、少し軽くはなる。


八百万の神がつどうとき。天照大御神様のおられる出雲大社では、今の現世について議論が交わされる。その内容は、天候が原因の凶作だったり、たて続けに起こる人間たちによる戦だったりと様々である。年に一度、神無月にしかその機会は設けられず、地方の神達は、その短い時間で結論を出さねばならない。それは難しいことだった。だが、それを天照様が判断することで、議論はすぐに終わる。彼女の決断は八百万の神を牛耳るほどの力があるということだ。

そして、その議論に、今から自分が出される。
陰陽師に善妖が封印されたこと。それは異例中の異例なのだ。今まででも一度もなかったことを、これから先どうするか、自分がどうなるのかがくだされる。もし、処刑となってしまっても、自分はそれを受け入れるしかないのだ。不安にならないほうがおかしいだろう。


さあ、着きましたよ。


その声ではっと視線を上げる。
開かれた扉の先に、彼らは待っていた。

八百万。確かに八百万はいるだろう、その神々の集団に、まるで上から押しつぶされているような圧力を感じる。自分は気圧されたのだ。そうすぐにわかった。

手を引かれ、開けた場所に歩みを進める。

集まる視線。

感じる威圧感。

どれもが、今まさに自分に向けられていた。

もう、どうにかなってしまいそうだ。


そなた、名はなんと申す。


神の一人がそう問うた。まるでのどを絞められているかのように息苦しい。


「……伊后神と、申します」


ひざまずいてそう言うのが精一杯で、顔を上げることすらできない。


では、伊后神よ。そなたにいくつか聞いておきたいことがある。

「……はい」

白峯(しらみね)におったそなたを封印したのは、紫紺の目をした陰陽師で違いないな?

「間違いございません」


紫紺の瞳をもち、同色の袈裟を身に付け、錫杖を手にした、女法師。その風貌も、顔も、特徴も、錫杖の音も、全て脳裏に焼きついている。


死神に尋ねたところ、そなたは人間に害をおよぼす行為はしておらんと言っておったが、それに間違いはないか?

「はい。間違いございません」


いつも毛嫌いしている死神も、神に問われればちゃんと真実を答えるのだと、この時初めて知った。


では、なぜ封印され、人の姿に抑えられたかも、わからぬのか。

「……はい」


ため息をついたり、口論をする声が始まる。それぞれで意見を出し合い、たがいの案がまとまるまで続くそれは、もはや一日では終わらないだろう。それを察した天照様は、私の隣から離れることなく声を上げた。


これではらちがあきません。どうでしょう。ここはひとつ、この子に旅をさせてみませんか。


するとすぐにどよめきが広がる。食い下がる者は多くいた。
自分も、天照様の言葉には驚いたが、いまだに顔を上げることはできずにいる。


旅ですと?こやつはもはや人間ですぞ。そのようなことをさせれば、封印された善妖としてすぐに妖怪たちに知れ渡ります。

その通りでございます。それに、白峯の秘宝刀はどうなるのです?あそこを続けて守らせるべきではないでしょうか。


白峯の秘宝刀。私が封印される前まで守っていた神の涙の一つだ。あの秘宝は、私が守ると誓ったもの。できるなら、今からでもすぐに戻りたかった。だが、天照様はそうさせてくれなかった。


秘宝は死神に任せれば良いのです。たとえ秘宝に触れることができなくとも、彼らも秘宝の番人。いざとなれば妖怪の一体や二体、祓うことは簡単でしょう。

しかし……。


なおも食い下がる声を遮るようにして、彼女は言った。


旅と言っても、この子の使命を守らせるだけです。人間を守るという使命を。……よく言うでしょう?可愛い子には旅をさせよと。


こうなってしまえば、もはや誰も彼女の意見を反論せず、仕方ないという風に皆乗り出していた体を引いていく。


では、よろしいですね。


こうして、半ば強引に天照様は私のこれからの動向を取り決めなさった。ほかの神々も、彼女には頭が上がらないようだ。天照様に反論する者はもういない。


伊后神。そなたに、人としての名を与えます。封印を解くことができるまで、そなたは人として生き、妖怪の手から人々を守るのです。良いですね?

「……はい、天照様」

そして与えられた名は、「伊駒桧里」。この名を背負い、私はこれから人として旅をし、白狐として妖怪を祓い続けるのだ。


その数珠は、封印呪破りの数珠と言って、かけられた封印を部分的に解いてくれるものです。それはそなたにさずけますが、それをはずせば、そなたは一切妖力をまとわない人間になります。うまく、使いなさい。


名前とともに与えられた黒い二連数珠は、気がついたときにはすでに身につけていたもので、聞くと、出雲大社に祀られていた秘宝の一つらしい。それを私がいただいて良いのかときくものの、天照様は私しか使う者がいないからとおっしゃった。


行きなさい、桧里。そなたに幸多からんことを、祈っております。


天照様の声に背を押され、私は出雲大社を出た。すべての階段を下りて後ろを振り返っても、果てしなく長いそれのせいで本殿すら見えない。

歩みを始めると、やはり人間の子供の足は小さく、いくら歩いても出雲から離れた感じがせず、いつしか自分は走り出していた。自分で自分が何をしているのかわからなかった。出雲から逃げるように走り続けているのは、一刻も早くここから離れたいからなのだろうか。それとも、やはり人間となってしまった自分への絶望感がまだ癒えていないせいか。

左掌にちらつく封印呪をぐっと握りしめて、見ないようにしながら、私は息が切れるのもかまわずに走りつづけた。


***




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