その瞳にひかりを
□第七話−影の間−
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最初は夢を見ているのだと思った。
でもそれは現実で、事実で、真実だった。
永遠の闇に絶望し、もう全てがどうでもよくなっていた。
そこに、待ちわびていた希望とも言える光が一筋差し込んだ。
自分はその光にすがるように手を伸ばし、暖かなそれに包まれたと思えば、次の瞬間にはまた違う場所へと移動していた。
永遠の闇ではない。しかし、陽のあたる場所でもなかった。辺りは暗く、しかしぼやけたような赤い灯りが点々と自分を囲んでいる。その赤い灯りが映し出しているのは自分だけでなく、自分を待っていたかのようにどっしりと構える大きな社(やしろ)も照らしていた。
次に気付いたのは、とてつもなく息苦しい事だった。何か大きな力で押しつぶされるような、首を絞められているようなそんな感覚。それと同時に自身の手足の脆さを。とにかく弱弱しく感じるのだ。まるで膝が笑っているような――。
そんな感覚に気づいて、ふと自分の体を見下げてみる。そこに、白銀に輝く毛並みはなかった。代わりにあるのは、薄汚れた布をまとった四肢。傷だらけで、ところどころに血がにじんでいる。
それはどう見ても――人間の体だった。
永遠の闇とは違う絶望感が襲う。
どうなっているんだ?
自分は今、ここにいるのか?
ここにいるのはヒトだ。
白銀の毛並みに、紅い瞳をもった誇り高き白狐(びゃっこ)ではない。――ただの、ちいさきヒトだ。
自分の体は、今どこにあるのだ。
自分はこんな小さき体はもっていない。
こんな傷だらけの体はもっていない。
こんな短き命の体はもっていない。
まるで、まるで――。
その先を考えるのはとても恐ろしかった。
本当に自分がここにいないみたいで。恐ろしかった。
戻ったようですね。
突然耳に入ってくる女の声。はっと顔をあげるとそこには、華やかな着物を身に付け、清らかな気をまとう一人の女性が立っていた。彼女を見た途端に、自分は否応なくひざまづいて頭を低くした。
「ご無沙汰しております。天照大御神様」
そう発したはずの自分の声にも違和感を感じる。元の声とは違うその高さに、幼さを感じてしまう。
本当に、久しぶりですね。伊后神(いこのかみ)。
その言葉にはっとする。ヒトの姿であるというのに、自分が誰なのかわかっているその言葉に。
「……私が、わかるのですか?」
もちろんですよ。あなたを忘れることなどありません。
そう言って、天照様は優しく微笑む。その笑みに安堵するも、しかし今自分に起こっていることに対して、決して不安は消えなかった。
「……私は、どうなってしまったのでしょうか」
小さく、つぶやくように尋ねる。すると天照様から笑みは消え、私を黙って見つめた。
……ある陰陽師に、封印されたのです。その力と体を。
力とは妖力。妖力を封じ込められている故に、体はいつもより重い。
体とは肉体そのもの。今の自分は、幼い子供の姿をしているそうだ。
理由はわかりません。ですが、彼女は陰陽師です。訳もなくあなたを封じ込めたりはしないでしょう。なにか、それ相応の理由があるのです。
「しかし私は白狐です!人間に危害を加えたことは一度たりともございません!」
わかっています。それは死神にも聞きました。……安心なさい。あなたは何もしていない。それは私たちがよく知っている。
抗議の言葉を沈めるように、天照様は言葉を発する。怒りに興奮していた呼吸も、少しずつ整っていく。
「……私は。……私はこれから、どうすればよいのですか。このような姿では、神の涙を護ることは不可能です」
涙混じりの言葉に、天照様はまた黙った。静かに、自分のことを理解しようとしているように、自分の話を聞いてくださる。
「妖力はほとんど封じられている。これでは、あの秘宝は奪われてしまいます」
大丈夫ですよ。神の涙はあなたの力で護られている。もし妖怪たちの手に渡ってしまっても、使用することは不可能です。だから、安心なさい。あなたは今でも、秘宝を護っている。
ああ、この方は自分の欲しい言葉をくださる。絶望している自分の心に、光をさしてくれる。だからこの方を、支えたいと思ったんだ。
伊后神。
「……はい」
皆が待っています。
「え?」
そう聞き返せば、また微笑んで、天照様は私に手を差し伸べる。
あなたのこれからを、今から皆で決めるのです。行きましょう。
「……はい。天照様」
彼女よりも小さい手を伸ばす。天照様の手に自分のそれが触れると、柔らかな感触があった。
人間の手というのは、こんなにもやわらかく、暖かいものなのか。
初めてのぬくもりに、心が自然とあたたかくなった気がする。
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