その瞳にひかりを
□第六話−半の間−
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走って、走って、走って、走って。ただひたすら、階段を上り続けた。
小さな石を踏んで血が出ても、足がもつれて転んでも、膝を打ってもすりむいても、その足を止めることはない。息が上がりっぱなしでも、呼吸を整える余裕はない。ただ、足の痛みも忘れるほど夢中で走っていた。
目的地は、この先にある神社。友達は、そこの境内に祀られているはずのあるものが、私を守ってくれるのだと教えてくれた。これまで、ここに来るまで、何度もそう言っていた。
その友達は、皆消えてしまった。
私を守るためと、襲ってくる妖怪から身を挺して私を助けてくれた。
彼らの最後を、私は一度も見ていない。いつも、はやく逃げてと言われていたから。
でも、本当は友達を置いて逃げるなんてしたくなかった。
彼らは、私がこの世に生まれてから、ずっと私と一緒にいてくれた初めての家族だったから。たとえ彼らが人間ではなくても、私の友達であり、家族であることに変わりはない。
そんな彼らを、置いていけるはずがない。
しかし、それが彼らの願いだったから。私は、彼らから知識や力を与えられているばかりで、そのお返しなどできない。だから、彼らの願いを私が叶えることができるのなら、そうしたかったのだ。
その度に胸が苦しくなる。
その度にせつなくなる。
でも、私は涙を流さなかった。
それは、周りに彼らがいたからだ。
皆は私が泣くと、とても悲しそうな顔をする。だから、そんな顔をさせたくないから、私は泣かない。皆に心配をかけないように、大丈夫と笑顔になる。
本当は悲しい。でも、それ以上に皆を悲しませたくなかった。
だから、私は笑う。
でも、それも終わってしまった。
私は今、泣いている。
最後の、たった一人になってしまった友達を、なくしてしまったから。
涙を流しながら階段を上がっている。
悔しい、悲しい、怖い。
私のとなりにはもう誰もいない。自分でなんとかしなくちゃいけない。
彼らの死を、無駄にしちゃいけないんだ。
ようやくたどり着いた。そびえ立つ大きな鳥居には、額束と呼ばれる看板のようなところに「出雲大社」と書かれていた。
八百万の神が集うというこの神聖な場所に、一体何があるというのか。
私を守ってくれるものとは一体なんなのだろうか?
境内に入って、ようやく足を止める。とたんに力が抜けて、地面に座り込んでしまった。肩を上下に揺らし、呼吸を整えようとするが、心臓がどくどくと波打って集中できない。
その時、誰かが私の隣に立った。
否、正しくは立っていた。いつの間にか、その人は私のすぐそばまで近寄っていたのだ。
ゆっくりと顔をあげる。嫌な雰囲気はしないから妖怪ではないだろう。
でも、人間でもないような気がするのは、なぜだろうか?ならば、彼らと同じ幽霊か?――否、きっとそれでもない。
ゆっくり見上げると、その先に見えたのは華やかな着物を身につけた、まるで光に包まれたように輝く一人の女性だった。私を見てやさしく微笑んでから、腕をあげて境内の下手を指差す。
その先に視線を移すと、そこには小さな古びた祠がひっそりとたたずんでいた。
私は女性を振り返って尋ねた。
「あなたはだれ?あそこに、なにがあるの?」
すると、女性はまた微笑んで、腕を下げて私に視線を合わせるようにしゃがんだ。
私は天照。この神社の番人のようなものよ。あの祠には、あなたを守ってくれるものがあるわ。
そう言って、私の頭を撫でる。なんだか、今まで感じたことのない雰囲気だ。邪気のようなものは一切感じないし、むしろ神聖すぎるほど清い。
「わたしをまもってくれるものってなんなの?みんなにきいても、だれもおしえてくれなかった……」
皆はいつもその話をすると、行ってみればわかると言ってはぐらかすのだ。そうまでして言おうとしないのはなぜなのか。いつも首をかしげていた。
私がそう言うと、天照は困ったように笑って、彼らと同じように言ったのだ。
そうね……。見てみればわかるわ。
「そっか……」
ごめんなさい。でも、それを言えないのは理由があるの。
「りゆう?」
そうやって聞き返すと、天照は苦笑いをした。
あなたが、異例だからよ。
言って、天照は立ち上がった。それを見上げてもう一度尋ねる。
「いれいって?」
……きっと、わかる日がくるわ。
またはぐらかすように言って、天照は私を祠へ行くよう促す。すると彼女は、鳥居から階段の方へと体の向きを変えた。下を見下ろして、何かを睨むように一瞬だけ目を鋭くさせる。
「どうしたの?」
あなたを襲った妖怪がこっちに向かってきてるわ。
彼女のその言葉に反応する。さっきの妖怪が、私を追ってきているんだ。
どうしよう。このままでは天照が妖怪に食べられてしまう。私は、また友達をなくしてしまうのだろうか。
天照はそんな私の動揺に気づいたようで、こちらを振り返って微笑む。
大丈夫よ。妖怪はここへは入れないもの。もうあなたが悲しむことはないわ。
「……ほんとに?」
ええ。私、嘘は嫌いなの。さあ、祠へ行ってちょうだい。中に入っているものは、もうあなたしか使わないから。持って行って構わないわよ。
そう言って、またやさしく微笑む。それに迷いながらもうなずいて、私は立ち上がって祠へ走った。
近くまで来ると、それは遠くから見るよりも古びて見えた。ところどころに苔が生えていて、木目は雨のせいで黒く変色してしまっている。
この中に、今まで探していたものが、私を守ってくれるものがあるのだ。たくさんの友達をなくして手に入れるものなど後悔の産物としかならないだろうが、これは――この中にあるものは、みんなが求めていたものだから……。
固唾を飲んで、ゆっくりと祠の扉を開ける。
中には、紫色の布に包まれた何かがあった。両手におさまるほどの小さなものだ。それを手にとって、布をとってみると、それはひとつの文箱だった。
ゆっくりと、そのふたを開ける。中には――全て黒い石で作られた、二連の数珠が入っていた。数珠にしては輪が短いそれを手に取ってみる。
どう見ても普通の数珠だ。これを、どう使えばいいのだろう。妖怪に向かって突き出すのだろうか?お経というものを唱えなければならないのだろうか?頭上に疑問符を浮かべるも、それらしい答えはあまり出てこない。
その時、ふと左手にある痣が目に止まった。私が生まれた時からそれはあった。なんなのか誰に聞いてもわからないと返されたものだ。いくら水で洗ってもそれが消えることはなく、ただ不思議な文字だった
もしかして、これと関係しているのだろうか?
だとしたら、この文字がなんなのかわかるかもしれない。そう思って、試しに左手にその数珠を通してみた。
そして次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
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