その瞳にひかりを

□第五話−擬の間−
1ページ/7ページ




***

長い階段を小さな足で一つひとつ上がっていく。その足は裸足で、長い距離を歩いたせいか、足の裏は黒く汚れている。時々とがったものを踏んだのか、中には血も混じっているようだ。
少女は疲れ果てているようで、階段を上がるペースがどんどん遅くなっている。肩で息をして、時々足を止めて呼吸を整える。だが、その足が完全に止まることはなかった。

視線をあげても、階段はまだ道をつくっている。もう半分くらいは上がったと思ったが、後ろを振り返ってもまだ三分の一に満たないほどだった。本当に、果てしないほど長い。
もしかしたら頂上は雲の上なんじゃないかと思えてしまう。しかし、少女が目指しているのは、そんな極楽ではない。たしかに、神に近い場所ではあるが、極楽とは言えないような場所だった。

ふと、少女の隣から声がする。男のもので、優しげなそれは、少女に語りかける。


大丈夫かい?


しかし、声はしてもその姿はなかった。どこからか声がするが、それがどこから聞こえるのか、誰が話しているのかは分からない。

「うん。だいじょうぶ……もうちょっと、だから」

しかし、少女にはその姿が見えていた。

一人の男性。少し老けていて、たぶん六十歳くらいのおじいさん。その表情はまるで可愛い孫を見守っているようだ。
しかし、彼には足がない。その部分だけ透けていて、そこだけ少女にも見えないのだ。


無理しないで、ゆっくりでいいんだよ。


また語りかける。そのおじいさんは幽霊なのだ。少女には幽霊が見えて、一緒に会話ができる。差し出されたおじいさんの手を、しっかりと握ることだってできる。

「ほんとに、だいじょうぶだよ」

そう言って、少女は繋がれたおじいさんと自分の手を見つめた。

「おじいさんのて、おっきいね」

少女は、そう言って微笑んだ。まだあどけない幼い笑顔だが、まるで花が咲いたように明るくなる。その笑顔に、おじいさんは何度か救われたことがある。

少女がこの世に運命を背負って生まれたとき、彼女を守るように何人もの幽霊が集まってきた。
彼らも一緒に旅をしていたが、途中で何度も妖怪に襲われ、少女を守るために皆が犠牲になった。残ったのは、おじいさんの幽霊だけだった。

彼女を守らなければ。そんな使命感に、彼は何度も涙を流した。その度に支えてくれたのが、少女だった。
しかし、一番苦しんでいるのは、きっと少女自身なのだろう。自分のために友達が消えていく。その苦しみは、少女にしか分からない。
だから、もう少女を悲しませないように、自分がそばにいなければ。自分だけでも、彼女とずっと一緒にいなければ。

そう思った刹那。自分が消える感覚がした。

背後から、鋭い何かで切り裂かれるのを感じて、少女と繋いでいた手を自分から引き剥がした。その行動は正解だっただろう。振り返って少女の盾になり、やっと襲ってきたものを確認すると、案の定、それは妖怪だった。

だらしなく開けた口からはよだれが垂れ、階段に染みをつくる。どうやらお腹がすいているようだ。だから、こんな場所まで追いかけて来たのだろう。
ここは、この階段の上は、妖怪たちにとって地獄同然の場所だというのに。しかし、それが分からないほど、この妖怪は飢えているのだ。

大きく両手を広げて、妖怪から少女を隠す。そのうちに何度も鋭い爪で攻撃を受けるが、痛みは少しも感じない。


速く上に!そうすれば、君を守ってくれるものがあるから!


それだけ言って、おじいさんの幽霊は妖怪と対峙した。少女は何も言わず、ただ涙を流しながら全力で階段を上って行った。

消える寸前、おじいさんの幽霊は涙を流していた。
少女と一緒にいることは叶わなかったが、彼女を守れてよかった。そう、思っていた。


***




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ