short

□mellow
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あの日からニ週間。
俺たちは連絡を取ることも、会うこともしていなかった。

土方を付き飛ばし、その勢いのまま玄関を出て来てしまった。
それから実家に駆け込んで、携帯の電源を切って、考える暇もないくらい仕事に没頭した。


……あれは何だったんだろうか。土方が、キス、してくるなんて。思い出すたびあれは都合のいい夢だったんじゃないかと思った。
ただの酔ったイキオイ。でも、数秒触れただけの唇は温かくて少し湿っていて、抱きしめられた時の緊張と、煙草の匂いが混じった土方の香りが鮮明に頭にこびりついて離れない。

「……ああもう、」

俺は土方に振り回されてばっかりだ。







「ふぅ…」

店の鍵を閉めて外に出ると、寒くなってきた夜の空気に物寂しさを感じて、また気分が落ちた。

一歩踏み出そうと前を見ると、こちらを睨むようにして壁に寄り掛かっている男がいた。

「……土方、」

「えらい遅くまで仕事してんだな。そりゃ会えねぇわけだ」

また一歩、一歩と土方が近づいてくる。あれだけ会わないようにと逃げていたのに、いざ土方と対面すると嘘みたいに足が動かない。真っ直ぐに睨みつけてくる目から視線が反らせなくて、ひゅっと喉から渇いた音がした。

「…あの時のキス、嫌だったか」

核心を突いた言葉に、ドクンと心臓が鳴る。
“嫌じゃなかった”と、そう一言言えればいい。けれど土方の真意がわからなくてそれを言っていいのかわからない。
…期待、してもいいんだろうか?

「……てめぇには、バレてると思ってたんだけどな」

「……何、が?」

はぁ、と溜め息を吐いて胸元のポケットから煙草を取り出し、一本くわえて火をつけた。
たったそれだけの仕種が様になっていて、どうしてこの男はこんなにも格好いいんだろうと思わず見惚れる。
吐き出された煙が空気に混ざって冷たい夜風に消えていった。

「俺が、お前を好きだって」

「は……」

土方は携帯灰皿に煙草を押し付けると、また一歩と俺に近づいてくる。目の前までやってきたと思ったら、呆けていた俺を腕の中に閉じ込めた。

「や…っ!離せよ!」

「うるせぇな。てめぇはどうなんだよ。……俺が好きか?」

抱きしめる腕は力強くて逃げられないのに、尋ねる口調は不安げで少し震えていて。

――俺はいつからこんなにも想われていたんだろう。

「でも…っ、お前は、顔がいいやつがいいんだろ!?」

「てめぇは俺の好みなんだけど」

「…っ、あ、あと腕にすっぽり入る細身のやつがいいって」

「今俺の腕に収まってんじゃねぇか。俺より細ぇし」

「え、えーと、りょ、料理上手なやつが…」

「お前の飯だけだよ。マヨネーズいらねぇの」

「〜〜〜っ、あ、あとは」

くすっ、とオロオロする俺を土方が笑ったのがわかった。
むかついて土方を睨むと、優しげに俺を見つめる瞳とかちあった。

「それからお前は人に気を遣い過ぎだ。いつも人のことばっかりで、自分を蔑ろにすんな。まぁ、そんなお前だからほっとけなくて、……好きになった」

本当に俺が愛しいという顔で見つめてくるから、なんだかいたたまれない。土方の言葉がジワジワと胸に広がって、目の奥が熱くなってきた。

「泣くなよ。泣かせたくて言ったわけじゃねぇぞ」

「泣いてなんか…っ」

「……そんなに俺が好きか」

さっきまではすごく格好良かったのに、ニヤニヤしながら聞いてくるこいつが憎らしい。
なんだか泣きそうなのが癪で潤んだ目を思い切り擦って土方を睨みつけた。

「……ああ。すっげー、好き」

胸倉を掴んで、キスを一つ。
土方は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに嬉しそうに破顔して、また唇を寄せてきた。
また触れた唇は優しくてあったかくて、少し煙草の味がした。





「――俺がなんでパティシエになったかわかるか?」

「さぁ?なんで」

「てめぇが甘いもん好きだからだよ」

「……ばーか」


そんな、甘い恋の話。



fin.






☆『青年HG』提出作品
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