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□沈黙の体温
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沈黙の体温
「………お前何しに来たの?」
肌寒い早朝4時25分。
俺は土方と相対していた。
こいつははた迷惑なことにこんな朝っぱらからウチへやって来て、かれこれ25分、何も話さない。
そもそもこいつとは仲良くなった覚えもないし、たまに会えば喧嘩ふっかけたりからかったり………こんな風に家に上げたりする関係ではなかったはずだ。
………まぁ、強いて言えば俺はこいつのことが好きで、朝早くで迷惑だと言いつつ実際はこの状況に一人ドギマギしてるだけなんだけど。
痺れを切らして冒頭の質問を投げ掛けたが、なんの返答もない。
こいつの何本も吸っては消しを繰り返すタバコの煙だけが、静かに空中を流れている。
「……そんなに黙々と吸われると煙たいんだけど」
「ああ、悪い」
ちっともそんな風に思っていないような返事が返ってくるだけで、未だにこいつがここへ何をしに来たのかが全くわからない。
「だからさァ、多串くんは何しに来たわけ。なんか言ったら?」
「、あ―――……」
「?」
「………………悪ぃな、帰る」
「ハァァァ!?」
こんな朝っぱらから人のこと起こしといて何にも無し!?何こいつ、斬っちゃっていいかな。いいよな死ね土方!
「……実は、よ」
「あ゙ぁん!?」
「京に1年行くことになった」
「……………へ、へぇ」
やっと口を開いたかと思ったら、唐突にそんなことを言う。しかも俺にとってそれは関係のないことで、普通なら大事な奴に言うべきことのはずだ。
例えば家族とか……恋人とか。
「……なんで、それを俺に言いに来たの」
「……………」
きっと、ただの気まぐれなんだろう。俺は1年いないから、お前が代わりに江戸の街を守れ的な。
……アレこいつトッシー?
また訪れた沈黙。
静かな玄関で土方は靴紐を結びながら、それ以上何も言わない。
そしてすっくと立ち上がると、こちらを向いてまた何かを言いたそうにして黙る。
「ハァ……なぁ!お前いい加減にし…………っ!?」
何が起きたのか、わからない。
いきなり冷たい指が手首に触れて握り込まれたかと思うと、力一杯引っ張られた。それと同時に、後ろ頭にこれまた冷たい手の平が回って………後はもう、唇に触れた温かさしかわからなかった。
「…………行ってくる」
「………はぁ、行って、らっしゃい…?」
もうわけがわからない。
こいつの妙に満足した顔も、優しい眼差しも、全部が俺に向けられていて、胸がギュウってなる。
呆然とする俺を残し、一人玄関を出ていく。
ピシャン……、
「なん、だ……今の」
誰もいなくなった玄関に、ペタンと座り込む。
あいつは結局何も言ってってはくれなかった。
ただ唇の温かさだけが、俺を支配していた。
end.