化物語

□『まよいマイマイ』
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五月十四日。日曜日。快晴。


僕が八九寺真宵と遭遇したのは、日本全国で言うところの母の日だった。


母の日。母親に対して日頃の感謝を表すその日は、カーネーションが全国の花屋でもっとも消費される日である。


カーネーションが母の日にお母さんに贈る花に選ばれたのは、その花言葉にあることは有名だろう。


赤色のカーネーションの花言葉である『母の愛』。


白色のカーネーションの花言葉である『尊敬』。


桃色のカーネーションの花言葉である『感謝』。


紫色のカーネーションの花言葉である『誇り』。


母親に渡し、日頃の感謝を示す花として選ばれたのも必然と思えるほど、この日に適した花言葉を持つ花なのだ。


だからこそ、僕が実母ではないが、日頃感謝している居候先の阿良々木家の小母さんにカーネーションの花束を購入し、渡すことにも、なんらおかしなところはないはずだ。


若干痛い出費だったけど、気にしない。それぐらい、僕にとって小母さんは感謝しても仕切れない相手の一人なのだ。


前日に購入したカーネーションの花束を朝一で小母さんに渡し、日頃の感謝の言葉を述べたところで、僕は自室に戻って読書を開始する。


濫読家の僕が、小母さんに贈るカーネーションを購入した日に買った小説。その表紙を開き、序章に当たる部分の最初の一文を読み始めた。


そんなときだった。


「八雲ちゃん!」


バンッ、と乱暴に開けられた扉。破損するんじゃないかと思うぐらいの音が部屋中に響き、読書する気も霧散してしまった。


「どうかした、火憐ちゃん」


本に栞を挟み、閉じたところで、扉へと向く。


僕が火憐ちゃんと呼んだ、高身長のポニーテールの女の子。今年で中学三年生になった阿良々木家長女、阿良々木火憐ちゃんがそこには立っていた。


僕が聞くと、火憐ちゃんはどこか切羽詰ったというか、焦った表情で僕に近付いてきた。


「兄ちゃんが出て行っちゃったんだ!」


「暦が?」


火憐ちゃんの剣幕からして、遊びに行ったとかそういう意味合いでの出て行ったではないのはわかる。どちらかといえば、家出の方に近いのだろう。


そんなことを考えていると、火憐ちゃんがことに至った経緯を話し始めた。


「……なるほどね」


溜息と共に苦笑い染みた言葉が、僕の口から漏れ出た。


火憐ちゃんの話を聞くと、どうやらこの母の日という特別なイベントデーに、暦が逃げるように家を飛び出したということらしい。


おそらく理由は家に居辛いから。僕が阿良々木家の居候という立場であるのと同じように、暦も少しばかり特殊な疎外感のようなものを味わってるのだ。


しかし、それは別段特殊なものじゃない。僕のように居候先というわけでもなければ、捨て子で拾われたなんて特殊設定もない。どこにでもあるような小さなものが、暦を阿良々木家に居辛くさせているのだ。


僕としても、今日のことを予想していなかったわけじゃない。彼が抱えている悩みのことは、少しとはいえ知っていたし、それについても同感できることはある。だが、流石に家を飛び出ていってしまったというのは、予想の範囲外だった。


「あの様子じゃあたしの話を兄ちゃんは絶対に聞いてくれねえ。だから八雲ちゃん頼む!兄ちゃんを連れ戻してくれ!」


パンと小気味の良い音を両の手を合わせたことで鳴らし、火憐ちゃんは僕に頭を下げて頼み込んだ。


「うん、わかったよ」


椅子から立ち上がって、愛車(ママチャリだけど)の鍵を手に取る。


読書の予定はまた夜にでも回せばいいや。


「ありがとう八雲ちゃん!愛してるぜ!」


「はいはい。それじゃ、行って来るよ」


相変わらずの火憐ちゃんに手を振って、僕はパーカーを羽織り、財布と携帯をポケットに突っ込んで、部屋を出る。


暦の居場所の当ては、正直僕にはない。火憐ちゃんの話を聞く限りでも、阿良々木家から東側に走って行ったってことぐらいしかわかっていない。


そして恐らく、暦自身も目的地もなく、ただ実家から離れたくて、家を飛び出したのだと思う。阿良々木暦は、こういう家族絡みでやるイベント事に対しては、いつもそうなのだ。


「……しかも、自転車か」


玄関で靴を履き、外に出て自分の愛車に鍵を差したところで気づいた。


通学用とは違う暦の自転車。マウンテンバイクの姿が、あるべき場所になかった。それはつまり、移動手段に自転車を使ったということだ。


そして同時に、徒歩での移動よりも遠い場所にいる可能性が高くなる。下手すれば、今尚、阿良々木家から遠ざかっているかもしれない。


「これはあんまり使いたくなかったんだけど」


部屋を出るときにポケットに仕舞い込んだ携帯を弄り、一つの機能を使う。


GPS機能。僕と暦の携帯には、それぞれがそれぞれの場所をわかるようにと、その機能がつけられている。


これをつけたのは、阿良々木の小父さんと小母さん。仕事柄忙しく、暦や火憐ちゃん、月火ちゃんや僕に対しては放任主義なところがあるお二人だが、何かあった時の為、と互いにその機能をつけられ、必要最低限にしか使わないという約束をし、僕たちも納得したのだ。


いくら親友で幼馴染の間からといっても、知られたくないことはある。四六時中監視されているのも、良い気分ではないことは言わずともわかるだろう。


だからこそ、僕はこの機能についてはあまり使いたくなかったのだが、今回ばかりは活用させてもらうとしよう。火憐ちゃんのお願いでもあるわけだし。
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